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​想像してみろ。

 

「ソル…ジャック・オーさんから話は聞いた…。」

「………、…で?テメェも俺に説教でもし始めるってのか?」

私の事務室に置かれた椅子に腰掛け、相変わらずの態度で、肩を竦める奴の姿に、
私は貯まった書類に ペンを走らせながら、一つだけ小さく溜息をついた。

「お前と
ジャック・オーさんとの過去、…そして、エルフェルトさん、彼女の出生の理由…。

そして、当人であるジャック・オーさんが気に留めてすらいない。
…これらの状況で、私からあえて言う事は何も無いなと思い至り、黙りを決め込んでたんだが…。」

「だが?」

「此処まで大事になったんだ。お前に話を聞く事くらい、してもバチは当たらないだろう?」

「…随分持ったいぶらせやがる。」

「お前がエルフェルトさん、彼女とそうゆう仲になるという事の意味を、お前が一番深く理解している筈だ。
単刀直入に聞くぞ、ソル、
お前は…どうして、彼女の想いに応えてしまったんだ。
いや、想いに応えるまでならまだしも、どうして彼女を“求めて”しまったんだ。」

「…回りくどい言い方は止めろ。
『どうして抱いたか』…そんなもん、欲情したからに決まってんだろうが。」

「彼女はまだ生まれたてだ!…お前からの肯定の言葉だけで、十分だった筈だ。」

「カイ、…テメェに言われるとは、ざまぁねぇな。
過去に…俺がアイツ…いや、ディズィーを狩ろうとして止めた後、直ぐ様テメェが現れ、ア

イツの身の振り方や今後の居場所まで用意してやがった。
そんときゃまた“ボウヤの悪い癖”かと思っていたが、よくよく考えりゃ、ありゃあ只の男の下心だったって訳だ。」

「……っ、確かに…、ジャスティスの娘であり、当時3年しか生きていないディズィーを一目見て惚れたのは…確かさ…、
だがその時は、純粋に彼女の為に何かできる事があれば。と思っていた。」

「純粋だと?…どんな誠意や綺麗事だろうが人の想いっつうもんは総じて“欲”だ。
現にテメェはその欲を、アイツを手に入れる事で満たし、それに飽き足らず、今のテメェは、

“ギアとの共存出来る世界に変えていく”などとホザきやがる。
紐解いてみればなんて事はねぇ。テメェの立派な欲望じゃねぇか。」

「ああそうさ!私の望みだ!私は私の望みを叶える為に生きている。
聞いて驚け!私の欲は業が深いぞ。
ディズィーやシン、シンが大切に想っているラムレザルさんやエルフェルトさん、
ディズィーの母であり私のお義母さんでもある
ジャック・オーさん、
そして、長年腐れ縁と思っていたがいつの間にか心を赦せる友になり、…私の義父でもあった。…ソル、お前の事だ。」

「その言い方はやめろ!」

「まあ、聞け、…今、私が名前を上げた者達は勿論、

イリュリアの国民全員がささやかな明日を過ごせる日々を作り出して行く事こそが私の願い。
お前の言葉にすれば、まさしく“欲望”なのだろうな。」

「……ちっ、」

「だからソル、お前や、シンの友であり…
今やお前の大事な人であるエルフェルトさんが苦しみに囚われるかもしれない事は、
私もディズィーも黙って見過ごす訳にはいかないんだ。」

「…俺がいつエルフェルトを大事だと言った?」

「違うのか…?…いや、私の見立てではそんな筈は無いんだが…。
お前は一見粗暴で、自身が気を許した者にしか懐には入れさせない。だが一度でも懐に入れた者に対してのお前は………。
…あ、…いや、これ以上はやめておこう。お前を怒らせれば、後々面倒だ。」

「…わかってんじゃねぇか。それ以上テメェの口から戯れ言が吐き出されれば、
この場でバーベキューにしちまう所だ。」

「やはり…肝心な所は教えてはくれないのだな…。」

「ああ?」

ジャック・オーさんという、お前にとってかけがえの無い存在が、紆余曲折あったが生きていた。
二人の普段の会話の様子を見れば、お前が彼女との会話を至極楽しんでる様に見て取れる。

お前がジャック・オーさんに対して、何かしらの不満を抱いてるとは考えにくい。
だが、確かにお前は、エルフェルトさんに対しても何らかしらの想いを抱いているのも、前から判ってはいたんだ。
エルフェルトさんが慈悲なき啓示に拐われた直後のお前は、まあ…見ていて面白かったな。」

「ちっ、…犠牲になるモンが“なるモン”だ。
これ以上、生きた化石なんぞに生まれたてのモンが犠牲になるのは見てられねぇ。…それだけだ。」

「ああ、その言葉を前に聞いていたからこそ、
お前がエルフェルトさんと“そう”なったと聞いた時、不思議で仕方なかった。」

「…カイ、テメェの連れ、ディズィーが、何らかの原因で“二人”になったと考えてみろ。」

「ディズィーが二人!?…一体何の話だ?」

「…モノの例えって奴だ。これから話す内容にテメェが俺に感じてやがる疑問が隠されてるが、聞きたくねぇなら止める。」

「いや…判った、聞こう。…ディズィーが二人…だな…?」

「二人共に、人格が備わってやがる。一人はテメェがよく知ってるいつもの奴を思い浮かべろ。
もう一人は、若干頭が緩く馬鹿だが、子供の様に素直で従順。」

「…え?…う、うん!?」

「お前は一人目のそいつと普段通りに生活し、テメェのたまの休みの前日、
仕事が早めに片付き、明日は一日フリーだ。目の前にはお前を労う妻の笑顔がある。
…カイ、テメェは何をする?」

「え…?そ、それは……やはり………。
って!?…な、なぜ私の私生活の、しかもそんないかにもな事をお前に語らなければならないんだ!」

「…お前のその反応は、まあ、十中八九ヤるだろ。」

「そ、ソルっ!!!」

「テメェは“したく”なった。目の前の奴の肩に手を置く。

…テメェの事だ。律儀に奴に確認でもするんだろうが、その確認の際にだ、
『私はもう…こういう事は、身体の事情で出来なくなりました。

もしそうゆう事をしたくなりましたら“もう一人の私”とお願いします。』ってところか。…テメェはどうする?」

「………え!?…ん?…ちょっと待ってくれ…整理させてくれ!
…えっと…、とりあえず、ディズィーに事情の確認を取る…だろうな…。」

「確認を取れば、いつもの妻は、分裂した際の後遺症でSEXが一切出来なくなり、
代わりに分裂したもう一人の方が、此方が馬鹿になっちまう程の名器持ちで床上手だった。」

「ちょ、ち、ちょっと待ってくれっ!?
一体何の話だ!?話の糸が全く見えてこないんだがっ!!!」

「これがお前が俺から聞きたがってた答の全貌、嘘偽りすら無ぇ事実だ。
…ハッキリ言って、俺も頭が痛ぇがな…。」

「…つ、つまり…だ。…あ、ジャック・オーさんは、もう“そうゆう事”がお前とは一切出来なくなり、
するならエルフェルトさんとしてくれとお前に言ったって事なのかっ!?」

「…ま、そんなこった。」

「…そ、そうなのか…、いや、そもそもだ、…何故ジャック・オーさんは、お前の性事情にそれほど気にかけてるんだ?
彼女とはいえ、ある意味、そこまでくればあとはお前個人の問題だろう?」

「アイツは、俺のギア[背徳の炎]の衝動の激しさを懸念していた。
それにアイツ自身、エルフェルトに自分の責を押し付けたと感じてやがるみてぇだしな。
…俺のギアの衝動…飢え、乾き、渇望は、人やギアを殺す事で幾らか抑えられる、
それが出来ねぇ時は、女を抱けば一時的だが抑えられる。
同じ対処なら、殺すよりか、よっぽどマシだろうとジャック・オー、アイツは言い切りやがった。」

「そうか…、本来なら自分に回ってくる役割を、幾らもう一人の自身とはいえ、押し付けた形になるのは、
確かに彼女の性格ならば気が憚れてしまうかもしれないな…。」

「そういえば、ソル…お前、ジャック・オーさんやエルフェルトさんが生まれる前は、どうしていたんだ?」

「あ?そんなもんはこのヘッドギアで無理矢理押さえ込んでたに決まってんだろうが。
ギアの侵食が進んで来やがった初期は、自身で処理するか買うかしてきただろ。

…そん時の事はもうあんま覚えちゃいねぇがな。」

「…そうか、今やもう、そのヘッドギアですら抑えきれなくなる程の衝動なのか…。
そういえば、シンを預かってくれてた時期はどうしていたんだ?その頃だと、もうギアの侵食は進んでいた気が…。」

「流石にガキ連れた男に売女は誰も近付いては来ねぇよ。
だが、シンのアホさでそんなもん暫く忘れちまってた。…あんときゃやたら忙しかったからな。」

「そうか…シンがお前の衝動に一役買っていたのか…。」


 

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