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一世紀越しの恋煩い。

R-18

 


エルフェルト、奴が寝静まった後…。
俺は一人、奴と待ち合わせしたバーに、吸い込まれる様に来ていた。

普段、自身が足繁く通うような治安の悪い町外れのバーには、とある知り合いに出会う懸念を考えれば今は行く気になれず、
此処のマスターの千里眼が気になるが、多少はデリカシーっつうもんを持ち合わせてやがるだろ。

酒も美味いしな。

球体に切り抜かれた氷が入った殻のウイスキーグラスを傾け、俺は軽い溜息をついた。

「兄さん、今日は飲むペースが早いね。
…ま、兄さんがそこそこ酒強いのは了解済だし、潰れる心配は無いから、飲むペース早いのは店としては有り難いけどね。」

殻になったグラスをヒョイと持ち上げ、先程俺が気に入り何度も飲んでいたウイスキーのボトルのキャップを外し、

俺に聞くまでもなく、新しく用意したグラスに注いで行く。

「でも、あんま良い呑み方では無いね。
…“あの子にフラレた…?”
…いや、それは無いなぁ。あの子、兄さんにぞっこんだったしなぁ。」

「…良い酒の目利きに免じて黙っといてやるが、これ以上余計な詮索してみろ…。テメェの首がふっ飛ぶぞ。色んな意味でな。」

「…ははは、そりゃ怖い!…すまないね、僕としては、“あの子”の事が気に入ってしまったからさ、

兄さんがそんな状態ってなると、彼女、今頃……。おっと!これ以上はご法度だったね。」

俺の鋭い睨みに、マスターは、降参とばかりに両手を上げ、「ごめんよ。僕の悪い癖みたいなもんだね」と呟き、

バーカウンターの物陰に引っ込んで行った。



「……………。」

あの甘ったれの事だ…。

ベットに突っ伏して、散々泣き喚いてから

今やっと寝静まってる頃だろ…。


…今朝感じた己の感情に、戸惑って仕方が無かった。

エルフェルトの言動全てが、俺の理性をぶっ壊しやがる。


 

というかだ……あそこまで…気持ち良いSEXをしたのは…いつ以来だ!?

あいつの奥を突く度、いちいち腰が戦慄く。
避妊の為につけている薄いゴムの隔たりすら分厚く感じ、ゴムを取っ払ってしまいてぇ!

…そんな欲望をなんとか理性で堪え、その反動なのか、一度あいつに口付けた唇を殆ど離す事は無かった。

口の中で響くあいつの感じる声に、自身の脳内が麻痺しかける。
ビクビクと身体を震わせ中をギューっと締め付けるタイミングで、俺は態と口付けを離す。

快感に飲まれ、発せられた嬌声。
次の瞬間、あいつの身体の奥底がブルルと震える…。
汗と涙で塗れ、ぐずぐずにとろけた視線。
真っ赤に染め上げた頬に唇を押し付け舌を這わせば、頬の柔さと共に若干の塩みを感じた。
自身が奴の中で、ゴムの隔たりに遮られながら
欲望を発した瞬間を鮮明に思い出し、明らかに今まで感じていた他の女とのSEXでの快感より遥かに快感物質に飲まれ、
下手したら精神刺激系の薬(ヤク)でもキメたんじゃねぇのかと疑いたくなる程の快感に、ゴムを取っ払えば、

もっとこいつと一体化出来るんじゃねぇのかという心の揺さぶりを強く感じた事を思い出し、俺は思わず寄せた眉間を指で摘んだ。
 


…ッ…なんだったんだありゃ…!?
…………、っ…。糞…余計な事思い出させやがって…。

この身体になってから動物的本能が勝り、賞金首やギア…獲物を散々ぶっ潰した後、気が収まらなくなり、
その度に女を買い、破壊衝動を性欲に転化させなんとかその場を収めて来ていた。

只、己の衝動を“吐き出す”事が目的で、俺にとっての性行為なんぞ、その目的でしか無かった筈だ。

己の遺伝子を残すなんぞもっての他だ。
間違って己の遺伝子を奴の中に注ぎ込みてぇっつう欲求を忠実に実行してみろ…。
自身の目的の為に、俺自身を潰す事になっちまう…。


かつて、……己がしでかした、“最大の罪”を思い出し、握り拳を作る。

嫌がる“アリア”を無理矢理押し倒し…、やめて…!と幾度と悲鳴を上げる声なぞお構い無しに、当時の俺は……、

病気のあいつに……己のモンを無理矢理ぶっ刺し………。
 


「…っ!!」

思わず拳でカウンターを殴ってしまう。

幸い、叩いたカウンターは、良い木がつかわれていて壊れる事は無かったが、その衝撃で、グラスは床に叩きつけられ、

床に木っ端微塵に砕けちった。
その落音に反応し裏から出てきたマスターが、苦笑いで、そいつに触れないでねー?

とテキパキと割れたグラスを片付けていく。

弁償すると一言告げれば、

あー、いいよいいよ、気にしないで!その代わり、君の話を詳しく聞かせてよ。

そう笑顔で告げるマスターに俺は思わず引きつった表情を浮かべていた。



◇◇◇◇◇



「テメェ、案外えげつねえ質だな。」

「君みたいなタイプはお金はそんなに痛くないでしょ?僕の店も、お陰様でそこそこ儲けさせて貰ってるからね、

お金はお金っていう付加価値しかないけど、君みたいな“裏世界の住人”には、

お金より情報の方を提供してもらう方がよっぽど貴重だからね。
せっかく巡ってきたチャンスを逃す事はしないよ。ね?ソル=バッドガイくん?」

「…俺の事知ってやがったんだな…!?」

「まぁまぁ、座って。
…僕みたいな仕事してるとね、色んな事をお客様から聞く訳ね。君の噂は、その中でも上位に食い込むよ?
色んな噂を聞いたなぁ。『戦場を駈ける軍神』やら、『あらゆるギアを破壊する者』とか…。

割と戦地で君を見てきた者達の噂は物々しい物が多かったんだけどね、こうして対峙してる生身の君は、

なんていうか、…凄く人間らしく感じた訳。
…女性の好きなタイプや、君みたいな男でも恋煩いするんだなぁって。」

「…!?…俺がっ…恋煩いだと…ッ!?んなわけ…ッ!!!?」

「まあ…自覚無いとは思ったけどね。前に酔い潰れたあの子の頭を自身の胸板に押し付けて寝付かせたと思ったら、

君、目の前であの子の頬を自身の指先で撫でだす訳。
君みたいなタイプが人前で意図的にいちゃつく事はしないだろうし、多分、無意識だろうなとは思ったけどね。

…君、モテるでしょ。それも、君が望めば、あらゆるタイプの極上の美女が寄ってくる筈だ。 
でも、実際の君の女性のタイプは“あの子”な訳で、美女達がそれを知ったらそれはそれは嘆き悲しむだろうね。
あの子が美人じゃないと言ってる訳じゃないんだけど、なんというか、君とあの子は、住む世界が違い過ぎる。

そんな風に見えてくるんだよなぁ。」

「………住む世界が違うだと…?…笑わせんな、あいつは俺と同類って奴だぜ…。」

「そっか…やっぱりあの子…。…あんなに“普通の女の子の幸せ”ってやつを誰よりも望んでそうなのに、君と同類なのか…。」

同情するよ…。そう呟きながら、新しく出されたグラスと氷にゆっくり琥珀色の液体を注ぐ目の前のマスターのジジイを、

俺は鼻で笑いながらグラスを掴み取り、

「…そいつは違うな、あいつの方が俺を望みやがった。
此方の世界に足を踏み込んだのはあいつの方だぜ。」

そう、語る。

「それが今や、君の方があの子に対してかなり恋患ってるように見えるから、男と女ってモノは、本当面白いもんだよね。」

その言葉に、口に含んだウイスキーでむせて咳き込み、思わず目の前のジジイを睨みつけた。

「…っ、テメェっ…!!」

「君の噂を聞くたび、僕らみたいな普通の人間が踏み込んじゃいけない領域があって、そこには勿論踏み込まないけど、
恋愛感情って奴に関しては、僕らにも、少しは教えてあげられる事があるとは思うんだ。
君の言う通り、あの子はああ見えて、僕らとは住む世界が違う、君の世界と同じ場所しか存在出来ない住人なのかもしれない。
でも、少なくともあの子は、僕らと近い感覚を持ちたいって希望があるのかな。そんな風に見て取れたんだ。
君が幾ら自分の世界に彼女を閉じ込めようとも、あの子は翔び立ってしまう様にも見える。

君は諦めて、あの子が行きたい世界に一緒に連れて行って貰えばいいと思うよ。

…若い子に教えて貰うってのは、年長者にしか味わえない、なかなか乙なモノだしね。
…まぁ、只のお節介なジジイの戯言だから、そんな深く考えないでよ。」

「テメェ…!?どこまで…知って…!?」

「一時期、イリュリアの高官の兵士達がさ、とある人物を探していて、何か良い手がかりがあればって、

僕にこっそり色んな情報を教えてくれたんだよ。その情報の中に、僕が彼らに何か貢献出来るモノは何も無かったんだけど、
僕の常連さんの中に…名前は言えないけど、とあるデスメタルバンドのボーカルが居てね、

僕に散々、いつもの愚痴の十八番である、自分の想い人に結婚式を逃げられた話をする訳だ。
その高官の兵士達が提供してくれた画像データの中に、

人類の脅威に晒した“ヴァレンタイン姉妹の片割れの子”と“彼の想い人”との特徴がそっくりだった。
そして、言わずもがな、このバーに初めて来た彼女を一目見て、もしかして…。とは思ったんだけど、

話してみるとかなり気さくな子でね。しかも隙だらけだからか、ついからかいたくなって。

君の話を聞いて、あの子が僕らとは“違う世界の住人”って意味が良く理解出来たよ。
でも、あの子は、“僕達の事が好き”なんだろうな。君がこの場所に現れる前、色んな事を聞かれたよ。

好きな食べ物とか、好きな女性のタイプとか。
名前は出して無かったけど、今思えば、結構君の事を言っていたなぁ。“そんな風には見えない人だけど、

実はとても優しい人なんですよ”とか、“初めて体験した恋はとても苦しかったけど、

今はとても素敵な事だと感じてる”って事とか…色々ね。」

「………………。…そりゃ、まやかしだ。あいつが見えてる世界は、絵空事だぜ…。」

「……君は…相当拗れてるねぇ。此方としては見てて面白いけど、…たまには“得た獲物に飴でもやってごらんなさいよ。”
あの子はきっと思い込み激しいタイプだからね。キチンと“君のモノ”だと彼女に示してあげないと、拗ねて自信無くして、

君が意図として無い事、平気でしでかしそうだからね。」

「……………、チッ…。」

「その表情は、…身に覚えあるって反応だね。
はははっ、いや全く…!!…君達はほんとに面白いね…!寿命が尽きる前に君達の事、知れて良かったよ。…ありがとう。」

「……テメェみたいな、他人の人生つまみにしやがる奴の娯楽に付き合う程、俺は暇じゃないんだがな…っ。」


 

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