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とある高級ホテルマンの一日。

 

国規模での会合などがひらかれる由緒正しきホテルが今日はなにやら騒がしい。

世界中からのVIPやセレブなどが利用する格式がある当ホテルでも、
未だに従業員達やホテルマンに騒がれる程の要人とは珍しい。

私が何時もの変わらなく極当たり前に受付けたお客人は、確かに、当ホテルを利用するようなタイプには見えない。
増してや、最上階のスイートを予約するようにも見えないのだが、セレブとは総じて変人が多い。
何もおかしいことは無いと、何時もの様に説明をしつつお客人を部屋にご案内したあと、何事も無くフロントに戻れば、
従業員達や同期達の好奇の視線に晒される。


「どうだったんだよ?」

「どうだったとは?」

「今の客、あの例の…!」

「全く…。他の客と何ら変わらないだろう?金を支払って下さるなら、どの客も客に違いない。」

そう軽く受け流すも、いかにも納得が行かないという表情をされる。

「何でお前はそんなに冷静なんだ!あの方は、イリュリア国連王第一連王カイ=キスク様のご友人であり、
カイ様と共に世界の危機を救ってくださった、今まさしく時の人であり、巷では軍神と…!」

「その『軍神様』が、当ホテルにご宿泊に来て下さった。理由は何であれ俺達ホテルマンの仕事は、
どのようなお客様にでも安心して寛いでもらえるようにするのが筋ってものだろうが。
分かったならキッチンホールの君達はさっさと持ち場に戻れ。
そして、お前の持ち場はフロントではなくホテルの入口前だろうが。」

「へいへい。わかりましたよ!」

ドアマンである目の前の同期をせっつかせ、私はもう一度、首元の襟やタイを直し、
何時もの様にカウンターでの業務を開始した。










◆◆◆◆◆◆







例のお客人が来てから、数時間後。

齢二十歳前後に見える一人の女性が当ホテルの入口近くに立ち止まり、ホテルの扉に手を差し伸べようとしたところ、
同期のドアマンがその扉を丁寧に開け、フロントの方に彼女を案内した。

日焼け避けの白い帽子から垣間見れる薄紅色の髪は耳下の首元辺りで切りそろえられ、
その曝け出された首元は余りに白く、思わず目を反らした。
視線を下にすれば、その白いワンピースに包まれた華奢な体格には似つかわしくない程の豊満な胸元に、
そちらもあまり見つめては失礼と、慌てて視線を彼女の顔に合わせれば、眩しい笑顔を此方に向けてくれる。

同期のドアマンが業務に集中せず、未だに此方をチラチラと伺ってるのが見えた。

奴は面食いだ。

本当にわかりやすい。

…いや、だいたいの男というものは、総じて美人には弱い。しかもスタイルの良い美人とくれば尚更だ。
ただ、目の前の彼女の場合、顔がどことなく童顔で、
“美人”という言葉を使うには、あと2、3年経過した後の方が良いかもしれないが。


「お客様、本日はご予約されておりますでしょうか?」

「あ、はい。あの…。私が予約したわけではないんですが、二名で予約した内の一人なのですが…。」

「はい、承りました。それでは、そのお相手様のお名前を伺っても宜しいですか?」

「はい。…えっと…あの、『ソル=バットガイ』です。」

「…確かに、二名様分のご予約になっておりますね。それでは、今からお部屋に案内させて頂きます。」

「はい。お願いします。」



動揺を悟られない様に、何時ものごとく部屋に案内をさせて頂く。

大荷物のキャリーバッグを運ぶのを手伝い、
部屋のアメニティ各種やその他の説明と、彼女の荷物を部屋まで運べば、とても感謝され、
少ないですが…と言われて受け取った封書にはチップが挟まっていた。

どことなく、その封書からは、微かな花の香水の匂いがまとわりついていた。








◆◆◆◆◆◆◆








チップを抜いた後の花の香りが纏う封書を捨てるに捨てれなく懐に収めた後、
妙な面持ちでフロントに戻れば休憩時間になり、一息つくために、従業員だけの休憩室にて数人に呼び止められる。
専ら、我が社の休憩室は、本日のスイートルームを予約したお客人とその相方の話題でもちきりだった。
あのお客人の経緯から、第一連王王族のファンが多い女性従業員達が、あの相方の少女は何者かと語り合っている。

「…なんか意外過ぎて。ソル=バットガイ様のお相手の女性は
もっと気が強そうな綺麗系な美人だとてっきり思っていたのに…」

ガッカリしたと語り合う女性達の話を聞いていた男性数人が、
「でも成長すれば、とんでもなく化けるぞアレは!」と熱弁していた。

「どうせ、貴方は彼女の大きい胸とかクビレたウエストとか丸いおしりとか見てたんでしょ!」と突っ込む女性達に、
「そこが一番大事だろ!」と本音をぶちまけ、最低!と罵られている。

「お、来たか!お前が二人の担当したんだろ?なんかチップ貰ったりとかしたか?」

「お客様のプライバシーだ。その質問には答えられないな。」

至極当然と答えれば、相変わらず硬いな。と溜息をつかれる。

「そしたら、近くで見た彼女、どうだったんだ?遠くから見てあれ程なんだ。
近くで見たらさぞかし凄かったんだろうなぁ!」

「凄いとは?」

「胸とか尻!」

「そんなもの、ジロジロ見る訳がないだろう。それこそご法度だ」

「そしたら、流石に顔は見てるだろ!近くで見ても可愛かったか?化粧濃くなかったか?」

「どんな基準だ…。化粧はほのかにしていた様にも見て取れたが…、
彼女の場合、化粧しなくて良いのでは無いかと…。あ、いや何でも無い」

思わず呟いてしまった己の素の答えに、目の前の同期はニヤニヤと表情を崩している。

「なるほどな!そりゃ正真正銘のすっぴん美人ってやつか!
あークソ…羨ましいなぁ!戦神サマ程の強い男だと、あんな可愛くておっぱい大きい子抱けるのかよ〜!」

いかにも下品な事を宣う同僚に、「あの二人がそうゆう関係とはまだわからないでしょ!?」と反論する女性達。
その言葉に、「馬鹿言え!男がこんな高いスイートルームを女と二人きりで泊る時なんぞ、一つしかねえ!」と
息巻く同僚に、その意見だけは、同意だな。と心の中で呟いた。

休憩時間はまだ半分程残っていた。






◆◆◆◆◆◆






時刻が夕方を過ぎた頃…。

例の彼女が、先程とは全く違う雰囲気の服装にて、エレベーターから、ホテルのエントランスホールに歩いてくる。

今から外出なのだろう。チェックインした際に渡した鍵をそっと渡され、
先程はありがとうございましたと笑顔を向けてくれた。

……誰だ。『彼女を“美人”という言葉を使うには、あと2、3年経過した後の方が良いかもしれない』と宣った奴は。

世間話にて、これからお出かけですか?と何気なく伺えば、「これから…その…待ち合わせなんです」
と、いかにもこれから想いの人に会ってきますと言いたげな、幸せそうな照れた笑顔を向けてくれる。

どうやら、目の前の女性は、TPOをきっちり合わすタイプだったようだ。

彼女の無垢な雰囲気によく似合っていた先程の真っ白なワンピースと帽子とは打って変わって、
今彼女が身に着けている背中が大きく空いたニットワンピースから覗かせるビスチェに思わず目が行ってしまう。
そのニットワンピースのミニスカートからスラリと伸びる太腿、
チラリと見えるガーターベルトに繋がった網目模様のストッキング。
今の時代におけるイリュリア圏内では、あまりにも攻めた服装は、まるで遥か一昔前、
20世紀後半におけるのセクシーロックアーティストを彷彿とさせるな…。そんな事をふと思う。

先程のナチュラルメイクをしていた時の彼女は、ティーンエイジャーの雰囲気が抜けきれなかったが、
今の攻めた格好に合わせたメイクをした彼女は、顔立ちの幼さと大人びた化粧とのギャップにて、
ほんの少し背伸びした少女の艶めかしさを感じ、何か見てはいけないモノを見てしまった気分にさせられた。

彼女に悟られぬように、先程と同じ接客用の対応をすれば、またもや笑顔を此方に向けてくれる。

ふと、彼女を此処に呼び寄せた、『例の男』の姿が脳裏を過る。

同じ同性から見ても、鍛え抜かれた鋼の身体、だからといって、見せる為だけに鍛え抜かれたとは違う、
実戦に使われているらしき雰囲気を感じ取れる。
いかにも、見ず知らずの他人とは喋る事など煩わしいといった空気を纏っていた男が、
人好きで懐っこい愛想が良い彼女と、一体どうゆう会話をするのか。
想像が全くつかないからこそ、自分も含め、従業員やホテルに居合わせた人々の興味を引いてしまう。

そして、多少の贔屓目で見ても、そんじょそこらの女性より抜きん出て顔立ちもスタイルも美い女(多少幼さは残るが)を、
手中に収めた男というのは一体どのような気持ちになるのか。

自身の容姿のレベルを把握していなく、どんな男にも誰かれ構わず笑顔を振り撒き、態度を変えない彼女の危うさ。
それが彼女の本質なのだろうが、それはあまりにも隙だらけで、
“所有者”としては、気が気じゃなさそうだ。

見ず知らずの他人である己にさえ、チップを渡す際にきちんと目を見て、
躊躇いもなく此方の手に触れながら笑顔で渡してくれる。その際での手の感触や、
彼女のまとった香水の匂いが未だに脳裏に焼き付いて離れない。

もし、彼女一人だけで、このホテルに泊まりに来ていたらどうだったのだろうか。たったそれだけのやり取りだけで、
自分は直ぐ様彼女に惚れていたのではないか…そんな予感を感じるのだ。

きっと、そんな悲しい同士達が、世界中至る所で存在しているのだろう、ふとそう思い至り溜息をついた。







◆◆◆◆◆◆






それから数時間後…。

日もすっかり陰り深夜に差し掛かる頃、

その例の男が、すっかり寝入ってしまっている彼女を抱え、ホテル入口に歩いて来る。
ホテルの入口手前で彼が扉を足蹴にして開けようとした所をドアマンが慌てて止め、扉を開けて出迎えた。

何食わぬ顔でフロントに立ち寄り、私が予めカウンターに出しておいた鍵を手に取り、そのままエレベーターへと足を運ぶ。
近くで見えた彼女は、やはりというか、慣れぬ飲酒をしたのかほのかに頬が蒸気し、意識が朦朧としているのが見て取れた。

先周りするように予めエレベーターのボタンを押しつつ、私も使用で13階の事務所に用事があったからか、
最上階までエレベーターに同乗させて貰い、それから事務所に向かおう。そう考え、
例のお客人と無言でエレベーターを待つ事にする。

先程、見えた彼の頬には、多分彼女が付けたらしき“紅の印”が幾つも押されていた。
それを分かっているからか、いかにも居心地が悪そうな表情をしていたのかと納得する。

兎にも角にも、このエレベーターはオーナーの意向なのかわからないが、到着するまで時間がかかる。
予め早めにボタンを押していたのもその為だ。

エレベーターが到着し、どうぞと中に入るよう促す。

私もその後に続いた。

「何階ですか?」と解っているのに一応確認してしまうのは、ホテルマンの性か。
そんな私の滑稽な質問など気にも止めなく、一番上だ。と一言告げたお客人の声は、
やはり、随分と低いな。と場違いな事を思ってしまう。

ふと、意識が戻ったらしき彼女の声が微かに後ろから聞こえた。
彼女のその声色は、まさしく、愛する人を呼ぶ声だった。

彼女の甘く囁く声…。
私という他人が居る手前、客人は応える事無く、彼女の呼び掛けを無視しているような感じを受け取っていたが、

このエレベーターは少し上まで上がるには時間がかかる。

幾度とないしつこい彼女からの甘い呼び掛けに、彼が焦れたのだろう。一度舌打ちをしたかと思えば、
急に彼女の声が聞こえなくなり、暫くした後から聴こえてくる、水か何かが滴り落ちる様な音や、
微かに圧し殺した息遣いが視界の後ろから聴こえ、

ああ、なるほど…と妙に納得してしまう。

初めは他人が居る手前、音を殺す様なまぐあいをしていた口付けは、最上階に到着する頃には、
大分遠慮が無いモノへと変化していた。
これはもしかしたら、“所有者”としての牽制なのかもしれないな、とも。

私が目の前の客人に抱きかかえられた彼女の姿を、
不自然までに見つめてしまった事を彼には分かっていたのかもしれない。


「邪魔したな。」

そう一言語り、チップとしては破格の値段のワールドドルを此方を見る事なく此方に差し出し、
それは彼なりのけじめなのだろう。と、私は遠慮する事なく受け取った。


「ごゆっくり…。」


彼女に出逢って、すぐその魔性に取り込まれてしまった想いを祓うかのように、私は彼らを見送った…。


 

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