DORAGON
DOES
HISUTMOST
TO HUNT
RABBITS
D
oragon
rabbits
&
R
優愛を破滅の仮面で覆い隠し、
混沌を奏で続ける女。
「エルフェルト、お前、今週の日曜の予定は空いてんのか?」
「こ、今週ですかっ!?……今週の日曜日はライブチケットやっと取れたんで、
そこに行ってこようかなって思ってますが…?それがどうかしました?」
「ライブ…何のライブだ?テメェが好きそうなバンドは、こっちに来る予定なんぞ暫く無さそうなんだがな…。」
「流石ソルさん…私の好きなバンドはソルさんの持ってるレコードからのものが多いんで、
そりゃあ、把握されてますよねぇ…。
でも、今回は、私が初めて自分から好きになったアーティストさんなんです!!
その方は普段はギタリストとして色んなバンドにゲストとして呼ばれるだけの方なんですけど、
今回!なんとっ!!ソロとしてライブを行ってくれるらしくて!!これは是非とも行かないとって思ったんですっ!!」
「ギタリストのソロライブなんぞ、随分コアなライブじゃねぇか。」
「でしょうでしょう!!またその方はギターの腕はさることながら、容姿端麗でフェロモンも凄くて!
最近は各雑誌でファッションリーダーとしても注目されてる方なんですよー!!!あー!とても憧れちゃうなあ…!」
「…エルフェルト、テメェ…。…俺の目の前で他の野郎を褒めるたぁ…いい度胸じゃねぇか…!」
「ええっ!?ちょっ!?…違いますよ!!その方は女性ですっ、女性なんですっ!!!
ほらっ!!このジャケットが証拠っ!…証拠ですってばぁああ!!!」
私を壁際に追い詰めるソルさんに咄嗟に差し出したレコードを必死に突きつける。
そのレコードのジャケットを見たソルさんは何故か固まって動かなくなって、
思わず私はソルさんの顔をまじまじと見てしまう。
「ソルさん…?どうかされました?」
「…エルフェルト、このライブには行くんじゃねぇ…。」
「な、何でですかっ!超人気で、やっと取れたチケットなんですよっ!!!」
理由を教えてくださいとソルさんに問いただしても、理由は言えねぇの一点張り。
「何でI-NOのライブ行っちゃ駄目って言うんですかっ!!むーっ、………なんか……ソルさん…怪しすぎます……。
……、も、もしかしてっ!!!ソルさんの元カノとかじゃ…!!」
「んな訳あるかっ!!!」
私がふと思いついて発した言葉に、ソルさんがめっちゃ突っ込んできて直尚更怪しく感じてしまう。
「…だってっ!その反応めっちゃくちゃ怪しいじゃないですかっ!!!
そ、それに…っ、こ、こんなフェロモン美女なんて、ソルさんと並んだらとても絵になる……
あああ絵になっちゃいますっ!!!」
私の妄想力で二人が並んで歩いてる姿が脳裏に過ぎって、余りに似合い過ぎて、
ソルさんの馬鹿ァああ!!って涙目でブチ切れてたら、
俺がテメェ以外で付き合った女は、アリアしかいねぇ!!と思い切り怒鳴られてしまう。
「え?…そ、それは…ほ、本当なんですか?」
「何度も聞き直すんじゃねぇよ!…こんなもん、恥でしかねぇ!」
「そ、ソルさんって、案外一途だったんですね…?」
口を抑えて、ぽそりと呟けば、
エルフェルト、テメェ…後で覚えておけよ…?
と凄まれて、私はひたすらソルさんに謝り倒していた。
◇◇◇◇◇
何とかソルさんを説得して、今日、ライブ会場に来る事ができた。
会場近くまで、ソルさんのに送ってもらって、ライブが終わったらすぐ連絡寄越せとの事付を頂く。
な、なんか……より一層出歩く事が厳しくなってる気がしないでも無いんだよなぁ。ソルさんは本当に過保護だなぁ…。
ライブ会場が開き、会場に入って手荷物検査を受けたあと、
エントランスホールを抜けてチケットに書かれた会場の指定席を探していく。
こんな大きな会場を満員にしてしまうI-NOはやっぱり凄い!!
席に座り、ライブが開始される前の空気を味わっていく。
ライブ後に、ファンクラブ専用のサイン会も楽しみだなぁ…!
I-NOは滅多にファンとの交流とかしないから、きょ、今日はめっちゃ緊張してきた!!
周りを見渡せば、徐々に席が人で埋まっていく。
私は緊張の面持ちで、ライブが始まるのを待つことにした。
◇◇◇◇◇
やっぱ凄かった!!あああああ!!!かっこよかったああ!!!
アンコールで演奏してくれたバラードは、なんか、とても胸が締め付けられて…。
I-NOさんは普段は自分では歌わないのに、あの曲だけは歌ってくれて、しかも、めっちゃいい声で…!
なんで自分では歌わないんだろう?やっぱ、ギター弾くのが楽しいからなのかな?
って、私!浸ってる場合じゃなかった!
速くサイン会場があるホテルに急がなきゃ!!
サイン会の会場も、既に大勢の人達が集まっていて、慌てて席を確保する。
今日の為に、レコードも用意したし、準備万端!!い、いつでも来てくださいよ!!ばっちこいですよーっ!?
私はドキドキしながら、I-NOの登場を待った。
スタッフに促されて、席についたI-NOは、けだるい雰囲気を出しながら此方に顔を向けた。
「テメェら、良く来たね。私はテメェらに媚びなんぞ売らねぇから、
此処に居るのアンタらよっぽど暇人って事にしとくけど、…良い?」
I-NOの語り口に、会場のファンはみんな寧ろそれが良いって叫ぶ殿方や、格好いいって瞳をときめかす乙女達。
私もその中の一人で、私の順番まで、心臓のドキドキが止まらなかった。
「こ、っこ、これにサインお願いしますっ!!!」
何故か私を見たI-NOがとても驚いた表情をしていて、思わずお化粧の仕方間違っちゃってたかなと、
ちょっと頭がパニックになりそうなのを必死で隠していく。
この前たまたま見つけて買った、I-NOのインディーズの頃のアルバムを差し出したら、
また驚きの表情で私を見つめてきてた。
「…随分懐かしいモン出してくれるじゃない?」
何故か寂しそうな笑みを浮べて、そのアルバムにサインペンでサラサラとサインを入れているI-NOは、
アンタ、今いくつなの?と質問してくれて、じゅ、17になりましたと答えれば、
一番楽しい時期だね。と、また何故か寂しそうに私を見つめてくる…。
「このアルバムの最後のバラード、先程ライブのアンコールで歌ってた曲ですよね…?
私、このバラード聞いてると…涙が出そうになるんです。綺麗な歌声で…、
あのっ!出来ればですが、もっと歌って頂けたら嬉しいなぁ!なんて…!」
私の言葉に顔を上げて、尚更驚いた表情をされてて、私もちょっとびっくりしてしまう。
「…アンタ、名前は?」
「エルフェルト、エルフェルト=“ヴァレンタイン”です。サインありがとうございましたっ!」
お礼を言って立ち去る最中、 I-NOは、終始ずっと驚いた顔をしていた…。
サイン会が終わって、会場を後にしようと席を立てば、
何故かかっちりスーツを着込んだガードマンみたいな人達が私の前で立ち止まる。
我々について来て下さいの一点張りで、私の前から避けてくれない。
こ、これ以上時間かかっちゃったらソルさんにお説教されちゃう!!!
私はあの!急いでますから!と何度も説得しても、いいから来てくださいの一点張り。
せめてっ、せめて連絡させてくださいと訴えても、我々に付いて来た後にしてくださいって融通もきかなくて…、
ソルさんからのお説教を覚悟して、仕方なく彼らに付いて行く事にした。
◇◇◇◇◇
STAFFONLYと書かれた張り紙と扉の前で、彼らは立ち止まる。
まさかと思いきや、当然のごとくトビラを開けて、私に入るようにジェスチャーを送った。
い、いやいやいや!!な、な、な、なんで!?
私はパニックになりながら、先に歩く彼らの後をついていった。
スタッフさん達が、私を物珍しげに見つめてくる。
だ、だだだ大丈夫なのかな???わ、私っ、一体どうなっちゃうのっ!?
パニックが最高潮になりかけたとき、私をここまで連れて来たガードマン二人がとあるトビラのノブに手を掴み、
トビラを開けて私に入るようにジェスチャーをしてくれる。
もう!どうにでもなれとヤケクソでそのお部屋に入れば、
大きな化粧鏡の前の椅子に腰掛けて脚を組んでいた、I-NOの姿が見えて、
思わず、うわぁあっ!?って変な声を荒げてしまっていた。
◇◇◇◇◇
「いらっしゃい、エルフェルトちゃん。」
「…え、ええっ!?」
「…驚くのは無理無いね。アンタを此処に連れて来いっつったのは私さ、
アイツらは仕事全うしただけだから、責めないでやってよ。」
「…ど、どうして、 I-NO…イノさんが、わ、私を…???」
「…かつての私の知り合いとアンタの顔がとてもよく似ていたからさ。だが、他人の空似って場合もある。
だからエルフェルトちゃん、アンタの名前も確認してみた。そしたらその知り合いと全く同じ名字だったって訳。
もうこれは他人の空似って訳じゃ無ぇ。だからもっと確認したくなっちまった。…アンタ、両親は?」
「…母が居ました、でも、母とは…折り合いが悪くなって…今はとある方の養子になって、その方と暮らしています…。」
「…義理の親の名字を名乗らなかったんだね。」
「それは…まだ私自身お母さんに未練があるからで…。それに、義理の父の名前も…
ちょっと色々安易に名前を名乗れない事情があるんです。」
「…そう…。………ありがとう、よくこんな知らねぇ大人にそこまで教えてくれた。
引き止めて悪かったね。アンタの家まで送って行くよ。家は何処?」
「あ、いえいえ!父を待たせていますから!きっと心配してます。
すみません、此処で連絡させて貰っても大丈夫ですか?」
「良いよ。なんなら法力通信するかい?その方がアンタのお父さんも安心するんじゃない?」
◇◇◇◇◇
『エルフェルトっ!?何処ほっつき歩いてやがったっ!?…てか、この法力通信は何処からかけてやがる!?
テメェにはまだ端末渡してねぇだろうが!』
「ご、ごごめんなさいっ!それにはっ、ちょっと理由がございましてっ!!!」
「…エルフェルトちゃん、ちょいと代わりな。こんばんはぁ〜!おたくの娘さん引き止めたのは私だから許してぇ…♡、
……ああっ!?…テメェっ!?フレデリックっ!?!?」
『…チッ……なるほどな。やはりテメェかよ。…だからあれ程ライブには行くなっつったんだ。』
「…オイ、テメェ!フレデリック!!…何なんだよ!!この娘、ほぼ“アリア”じゃねぇかっ!?」
『…テメェに教える義理なんぞねぇな。』
「ハアっ!?…」
『イノ、テメェの事だ。大体は感づいてんだろうが。……だが今“この場”でテメェに話せる事は一切ねぇ。
聞きてぇならそれ相当の準備をしやがれ。以上だ。エルフェルト、会場の入り口で待ってろ。迎えに行ってやる。』
「待てよ!この娘は私が引き止めたんだ、私が送ってく。その代わり、この後テメェの面を貸せ!
聞きたい事がコッチには山程あるんだよ!!!」
『…面倒臭ぇな。…エルフェルト、どうする?お前が選べ。』
「……、私っ!イノさんに送って貰いますからっ!!!」
『…あぁ!?、オイッ!エルフェルトっ!?』
「ソルさんなんて知りませんっ!!イノさんっ!お願いしますっ!!」
「…だってさ。なんかあの子滅茶苦茶怒ってたけど、アンタ…なんかやらかしたの?
…まあいいわ、そーゆーことだから、一旦じゃぁねえ〜♡……
フレデリック、テメェ…後で面かさねぇと…わかってんだろうな…!?テメェの恥ずかしい過去、
全部あの子に吹き込んじゃうから♡」
『…テメェっ!!!…上等じゃねぇかっ!!』
◇◇◇◇◇
「エルフェルトちゃん、ほらコッチ。どうぞ。」
「あ、ありがとう…ございます…!」
真っ赤なリムジンが、ホテルの駐車スペースに入って来る。イノさんのイメージに合わせて作られたっぽくて、
とても彼女に似合っていた。
自動で開いた扉にどうぞ?と入るように促される。社内の広々とした空間に、黒革のソファーがL字に置かれ、
紫に輝くシャンデリアと、黒革で貼られた天板がガラスのテーブルはどれもイノさんのイメージにピッタリで、
私は思わずソファーに腰掛けながら顔をキョロキョロさせてしまう。
「ぜんぶオートクチュールだよ。どこぞのブランドでも良かったんだけどね、なかなかイメージに合うもんが無かったからさ。」
何か飲む?とグラスを下のテーブルから出すイノさんに、いえいえ!そんなことイノさんにさせられませんよと焦ったら、
素直に甘えてりゃいいだよと笑われてしまう。お酒はまだ今度ね。と、ジュースが入ったグラスを受け取る。
一本吸っていい?と煙草を取り出したイノさんに、私の父もヘビースモーカーですから慣れてますしドンドン吸って下さいと促せば、
知ってるよと笑みを浮かべられた。その表情にドキンとさせられる。
「エルフェルトちゃん、あなた…さっきから、疑問だらけなんじゃない?」
「え?…」
「私ばかり質問してたんじゃフェアじゃないわね。いいわ、私の答えられる範囲でよければ何でも答えてあげる。何か質問ある?」
「………っ、昔…父とお付き合いとか…した事ありますかっ!!!?」
私の大真面目な質問に、イノさんは瞳を丸くし、しばらくしてから、お腹を抱えて笑い始めてしまう。
「……っ、な、何で笑うんですかぁあああっ!!!」
「アイツは、私がうざってえって感じる程に、アリア一筋だったよ。…エルフェルトちゃんはアリアの事、知ってる?」
「ソルさん…義理の父の最愛の人で…、わ、私…わたしの…。あ、いえ!何で無いんです…!」
◇◇◇◇◇
乗せられたリムジンの社内にて、手渡されたグラスの水面の揺らぎを見つめながら、私はポツリと気になった事を投げかけていく。
「あの…イノさんは、父とはどうゆう関係で…?」
「…アンタの父っていうより、私はアリアとの付き合いが長かったってだけさ。アンタのお父さんとアリアはそりゃ…仲が良かったからね。
私も流れでアイツと関わる事になっちまった。だから、エルフェルトちゃん、アンタが懸念してるような事は一切無いよ。」
「そ、そうだったのですか…。あ、だから…私の顔、見て驚いていたんですね?」
「へえ、自覚あったんだ。エルフェルトちゃん、アンタとアリアの特徴が似過ぎてるって。」
「………アリアさんは、私の、“姉”みたいなモノですから…。」
そう含めた笑顔を思わず浮かべてしまう。
自覚していてもこう突きつけられると、少しだけ胸がちくんと傷む。
その痛みすら罪悪感を感じでしまって、慌てて誤魔化したけど、もしかしたら伝わってしまったかもしれない。
「随分と漠然とした表現だね。と言う事はだ、正真正銘の姉では無いって事か。」
「それ以上は…ごめんなさい。ちょっと私の口からでは…言えないんですが…。
正真正銘の姉なら、一人居ます。
外見の特徴は、ラムと私は似てなくて…あ!ラムって言うのは、私の姉の名前です!」
「その、お姉さんはどんな性格なの?」
「へっ?ラムですか…?ラムはとても可愛くて綺麗で、でも、おしゃれとかそんなのはまったく興味なくて、
趣味が専ら勉強っていう…変わった子だと思います。
とても頭が良いんですよ!ソルさん…あ、父のような研究者になりたいって、前から言っていました。」
「……っ、そう。」
「あの…?イノさん…?」
「…いや、何でもないよ。…ほらもうすぐで指定された場所に付く。付き合わせちまって、悪かったね。」
「いえ…寧ろ、色んなソルさんとアリアさんの過去が知れて、私も楽しかったです。
初めはとてもびっくりしちゃいましたが…。送ってくださってありがとうございました!」
自動で開いたリムジンの扉をくぐって地面に降り立てば、
家の前で待っていてくれたソルさんが腕を組んで威圧するように家の玄関前で仁王立ちしていて思わず後退ってしまう。
でも、その鋭い視線は、私を見つめるではなくて、私の後に車から降りてきたイノさんを睨む様に見つめていて…。
「そ、ソルさん…?」
「エルフェルト、何してやがる、?…家に入らねぇのか?…俺はコイツに用事が有る。先に家に入ってろ。」
「私が此処に居たら不味い事でもあるんですか?」
案の定聞いてみれば、そんなんじゃねぇよ。テメェは変に勘ぐる癖を直せ!と怒鳴られてしまう。
「そんなんじゃないって…!だったら、どんなんなんですかっ!!」
「エルフェルト!いいからテメェはさっさと家に入りやがれっ!自力で入らねぇっつんなら!無理矢理入れるまでだっ!!!」
「お、横暴っ!!ソルさんの横暴っ!!!」
私を荷物の様に抱えて、玄関扉を開ける際に視線がイノさんとかち合った。
私とソルさんのやり取りを見つめてくるイノさんは、何処か柔らかな視線を向けてくる様な気がして…。
ううん、さっきも何度か感じていた、寂しそうな感覚を私はどことなく受け取っていた…。
◇◇◇◇◇
「どうせ、この後、イノさんとどっかに行くんでしょう!!?二人とも大人ですもん!
きっと…いい雰囲気のバーとか行っちゃうんでしょうっ!?
いくら違うって言っても、隣にあんな美女が居たら、ソルさんだって何を思うかわからないですよっ!!
だってあんな美女ですよっ!?女の私から見てもフェロモン凄いんですよっ!?
…だ、男性のソルさんだったら…そんなの、どうなるかわからないじゃないですかっ!!!ソルさんの馬鹿ァああァああ!!!」
「テメェの妄想はそれで終いか?…女と酒飲むだけでギャーギャー言うんなら、俺は終始お前にギャーギャー言われる羽目になっちまう。
…仕事の付き合いで、サシで女と酒呑む位は良く有る話なんだがな。」
「でも女の人が、一対一でお酒付き合ってくれるのはっ!!」
「…だろうな、だが俺は全くもってそんなつもりはねぇ。何も起こる筈がねぇだろ。」
「これが私がお仕事ですからって、男の人と一対一でご飯食べに行きますとかだったら、絶対ソルさんは怒る癖にっ!!」
「そいつは当たり前だ!!状況がまるで違い過ぎるだろ!何か盛られて意識でも失ってみろ!
すぐモーテルかどっかに運ばれて、ジ・エンドってヤツだろうが!」
「ソルさんだって!何か盛られたりしたらっ!!」
「俺には、んなもん効かねぇよ。…前に一度そんな事された覚えあるが、若干効いたが、意識失う程の事じゃねえ。
逆にその女とっ捕まえて、警察に突き出したくらいだしな。」
「ぇえええええっ!?」
「他に何か言いたい事あるんならさっさと吐け。何かある度に疑われるのは面倒臭ぇ。」
「…、と、とりあえずもう良いです…。帰ってきたら…報告ください…。イノさんと何処のお店に、行ったのかとか
…何を喋ったのかとか教えて貰えればそれで良いです。」
「そんな浮気にもならねぇ事柄聞いてどうすんだ。要は肉体関係及んでいないか確かめるのが優先じゃねぇのか?」
「…な、な、なんて事言うんですかっ!!?そ、ソルさんってば…っ…や、や、やっぱりっ!?」
「何がやっぱりだ。俺だったら、真っ先にそこを調べるってだけの話だぜ。
エルフェルト、俺が帰宅したら、テメェが納得するまで“確かめさせてやろうか?”」
「け、け、結構ですっ!!!」
◇◇◇◇◇
「…エルフェルトちゃん、あの子は納得したの?」
奴の赤いリムジンに背をもたれ、タバコを更かしてやがる女に、俺はテメェには関係ねぇだろと溜息をついた。
「私の行きつけなら何個か思い当たるけど、誰かに聞かれちゃ不味い話なんだろ?…だったら丁度いい。
この中で話を聞くから、乗ってけよ。」
「確かに、何処で誰か何を嗅ぎ取るかわかんねぇな…。チッ…しゃあねぇな。」
「酒も出せるけど、何か呑む?」
グラスと酒を持つ手の、赤いエナメルが塗られた指先。マッドな口紅をサラッと着けこなすその妖艶さ。
確かにコイツは、旗から見れば間違いなく美い女で、何をどう誤魔化してんのか知らねぇが、
コイツもある意味年齢を感じさせねえ何かがあった。
ウイスキーに氷を入れようしやがる女に、いらねぇよ。と呟けば、テメェなかなかイケる口なんじゃねぇかと。女は笑った。
「…単刀直入に聞くけど…あの子はアリアの何?」
「…“ギグ”もありゃしねぇのかよ。…それでもテメェはギタリストか。」
「テメェ相手に焦らした所でなんの得にもなりゃしねぇんだよ!」
「…イノ、テメェ、エルフェルトから何か聞き出したんじゃねぇのか?」
「聞いたさ。だけど、肝心な所は誤魔化されちまった。あの子、あんなふうに笑うんだね…。そんな所もアリアと一緒かよ…。」
遠い目をしてタバコを蒸す女は、その形の良い赤い口紅が塗られた口角を上げ気怠く嗤いやがった。
「………エルフェルト、アイツの出生は特殊だからな…テメェも薄々は勘付いてんだろうが。」
「最悪な事柄しか思い浮かばねぇよ。…そうじゃなければ良いって、そんな事ばかり考えちまう。らしくねぇ…。」
愁傷な表情を浮かべ、煙草の煙を吐き出す女に、テメェがそんな玉かよと鼻で笑っちまう。
手渡されたグラスを傾け喉を流し込んだ琥珀の液体が、
リムジンに備え付けられてきる薄暗い紫に煌めくシャンデリアの光を受けて光輝いてやがる。
少し焼ける喉越しに、俺はガラにも無く溜息をつき、目の前の女と向き合う。
「…テメェの考えを聞かせろ。テメェの予測によっては答える事を変えなきゃならねぇ。」
相変わらず偉そうにしやがってと睨む女に、さっさとしろと答えを促す。
女は、幾度も言葉を発せようとして、止めを繰り返し、絞り出す様に言葉を紡いだ。
その内容に、やはり気付いてやがると内心舌打ちを打っちまう。
「……あの子は、もしかしたら…アリアのクローンじゃねえかって…、あの糞親ならしかねねぇんだよ…!!」
目の前の女が呟いた予測に、俺は何も言わず眉だけ潜め、手に持っていた酒を煽っていく。そんな様子に女は徐々に狼狽していった。
「…ちょ、マジかよ!マジもんなのかよっ!?」
「何をそんなに狼狽えてやがる…。理論的には既に確立されてる技術だ。
設備と金さえあれば、秘密裏に法をすり抜けて人間のクローンなんぞ造るのは容易い。
クローンはオリジナルよりか、劣化しているっつう風潮が強いが、エルフェルト、あいつに関しては良く出来ていやがった。
全てを丸写しした訳じゃねぇ。だから、遺伝子を安定させる事に成功した。そんな感じか…。」
「もう一人姉が居るんだってな。頭が良い姉が。…そいつもまさか…アリアのクローンなのかよ…?」
「……エルフェルトとアリアの違いは只一つだ。アリアが備わってした思考力の高さ、それが一切ねぇ。
アリアの頭の良さ、思考力の高さのみを受け継いだのが、エルフェルトの姉であるラムレザルだ。
あの糞親は、人間のモラルは欠落しまくってるが、科学者として見れば、その腕に唸らざるえねぇ。…
クローン研究で何か行き詰まるっつったら、いかにクローン人間を安定して育てていくかって事の一点のみだ。
その点を、あえて関係ねぇ相性の良い他の遺伝子を混ぜて安定させるたぁ…。頭の硬い科学者達にはなかなか出来るシロモノじゃねぇ。
大体の科学者は、混ぜると勿体ねえ精神が邪魔をしてくるからな。」
「そいつはもはや…クローンなんかじゃねぇだろ!アリアの遺伝子を媒体にした新たな生命だろうが!!」
「…そこも奴の上手い所でな、知識が相当備わった奴が調べねぇとクローンとは一切判る筈もねぇんだよ。
俺がエルフェルトとラムレザルを調べた機関には、ギア細胞を生み出した遺伝子法学においての世界最高峰であろう“アイツ”がいる。
それからだ、“アイツ”と二人証拠をかき集め、何とかあの糞親からエルフェルトとラムレザルを引き剥がしたのは…。」
「それで、今、フレデリック、テメェがアリアの形見達の親って訳かよ…。
…そう言えば、テメェの娘はどうしてんの?」
「ああ?そんなモンとっくに相手見つけて結婚しやがって、今じゃクソデケエ孫がいやがる。」
「ふーん孫ね…。ま、テメェの年齢なら、居てもおかしくないだろ。で、今何歳なの?可愛い盛り?」
「あんなもん、もはや可愛いってレベルじゃねぇよ。…テメェ何か勘違いしてやがるが、孫はエルフェルトと同い年だ。身長なんぞ、ほぼ俺に追いついてやがる。」
「………ハアっ!?おかしいだろっ!?計算どうなってんだよ!?」
「娘はエルフェルトの年齢よりも若く結婚し、次の年にはガキ生みやがった。何もおかしい事なんかねぇよ。計算通りだぜ。」
「そこがおかしいっつってんじゃねぇよ!!早く結婚し過ぎだろうが!?」
「…当時、俺は相当反対したが、あのアリアの娘だ。一度決めちまったもんに対しては周りの言う事なんぞ一切聞きやしねぇ。
アリア、アイツの血がそうさせやがるのか…、ディズィーもエルフェルトもラムレザルも偶に頑固過ぎて面倒くせえ時が多々ある。」
「あんなギッスギスだったテメェが、すっかり親のソレかよ。やっぱり可愛いもん?…ま、アリアのクローンつったら、アリアの娘みたいなもんだろうしな…。」
奴から放たれた“娘”っつう単語に、俺は奴に悟られねぇ程度にまゆをひそめる。
「…ねえ、ちょっと気になったんだけどさ…?さっき散々、エルフェルトちゃん…あの子に、
過去に私とテメェが付き合ってたんじゃ無いかって聞かれまくったんだけど…“どうゆう意味?”」
イノから発せられた言葉に、俺は思い切り眉を寄せる。
エルフェルト…テメェ!!そう脳内で叫んだ所で意味なんぞ無く、冷や汗を流した。
「そのままの意味で受け取っちまえば、あの娘がテメェに気があるって事になるんだけど…、“そうゆう事”なの?
って、テメェに聞いてもそんな事は答えられねぇか。流石に応えちまう訳にもいか…………。
…おい…。何引き攣った顔してんだよ…!?顔反らして誤魔化してんじゃねぇよ!?」
「テメェには関係ねぇだろうが…。」
そう辛うじて言葉を発するも、目の前の女に胸ぐらを思い切り捕まれてしまう。
「テメェ!!…踏み込んで良い事と悪い事の区別はつくだろうがっ!?それともテメェの中で、“あの娘”はアリアの身代わりかよ!?」
掴まれた首元の腕をコチラから掴みかかる。テメェに何が判る。そんな面持ちで。
「イノ、最後の最後で、けじめをつけなかったテメェに言われる筋合いはねぇよ。」
「………っ!!…テメェに言われ無くとも未だに後悔してんだよ!!だが、テメェが今してる事はアリアに対する裏切りだろうがっ!!
テメェが“アリア”を忘れられてねぇって事は、テメェがあの“エルフェルト”に手を出しちまってる時点で明確なんだよっ!!!
そいつはある意味、アリアだけじゃねぇ!エルフェルトに対しての裏切りじゃねぇか!!!」
胸ぐらを思い切り捕まれ、目の前の女の表情が垣間見る。
コイツもまた、“アリア”に呑まれた一人だったと思い出す。
「言い訳はしねぇ。…出来る筈もねぇ。罪は罪だ。んなもんアイツに欲情した時から刻み済だぜ…。
…イノ、テメェはどう自身のケツを拭くつもりだ?
テメェを見てると、自身の罪を“エルフェルト”に赦して貰おうと躍起になってるように見えたんだがな?
イノ…テメェに“エルフェルト”の事を言われる筋合いはねぇよ。」
俺の胸ぐらを掴んでいたイノの掌の力が抜け、手を離され、奴は力無くソファーに座りなおした。
「……フレデリック、だからテメェはいけ好かねぇ。」
新しく火をつけた煙草を咥えて無気力に煙を吐き出し、つぶやいた女の姿に、
「…奇遇だな。俺もテメェの事はいけ好かねぇよ。」
そう嗤いながら、自身もジャケットの懐からよれた煙草の箱を取り出し咥えこみ火を付ける。
奴のリムジンが高速のハイウェイを走り、夜景を映し出していた…。