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叙情的な小歌曲。それはまさにアンタの事で。


『イノちゃん!ねぇ聞いて!今日ね!とてもカッコいい人に助けられちゃったの!』

『イノちゃん!私…私の実力で…此処の大学、受かると思う?』

『イノちゃん!!やった!やったよ!!番号あったの!!…受かった!受かったよう!!!』

『イノちゃん!!…前にね、とてもカッコいい人にたすけられたって言ったの覚えてる?
…まさか、まさかなの!!い、一緒の…大学だったのっ!!!』

『………イノ…ちゃん…っ、私…、わたしっ、あの人に…嫌われちゃったのかな…』

『あ、あのね…?イノちゃん…?…前のね、嫌われちゃってたかもしれないの…誤解だったみたいなんだ……。』

『…、イノちゃん!今日…今日っ!今日、ね…?あの人に…、私の…事好きだって…言われたの、…。』

『イノちゃん、イノちゃんは…“フレデリック”の事…嫌いなの…?』

『え?なんで伸ばしてた髪切っちゃったって?うんとね…?研究に没頭し過ぎて、髪のお手入れ追っつかなくて、
…ごめんね?せっかくイノちゃんがとても似合ってるって言ってくれてたのに。』

『………イノちゃん…っ、イノちゃんっ……わ、私っ、私……!!まだ死にたくないっ…死にたくないよ!!!』

『イノちゃん…ごめんなさい…。私……“この子”を産みたい…。イノちゃん…お願い…“降ろせ”だなんて…言わないで…っ。』

『……イノちゃん……。今まで……こんな…ね?いつも鈍くさかった…私とね…友達で居てくれて…ありがとう。
イノちゃん……は、私の…最高の、誇りなんだ…いつも格好良くて、綺麗で…。

イノ…ちゃん……。イノ…ちゃん……大好きだよ………。』












テキサス州…此処に来るたびに反復するように思い出す想い出は、私の中で不動のモンとして息づいちまってる。


私はずっと孤独(ひとり)だった。

だが別に、孤独が嫌だって訳じゃねぇ。
元々束で群れる奴等なんぞ興味なんてねぇし、人は始めっから孤独。そうゆうもんだろ?

親なんぞ、私を捨ててどっかいっちまいやがった。

自分で言うのもなんだが、幼い頃から私はそりゃそこらへんの雌共なんぞ霞む程良い女でさ、
染めモンじゃねぇ艶のある黒髪に、角度をかえて色が変わる七色の瞳。

よくオッドアイと間違わられるが、正真正銘天然モンだ。

この珍しい瞳の色と、この容姿端麗さで、里子の申し出はひっきりなしだったが、どこもろくなもんじゃねぇ。
あのブタ共は私を一目見て、自身の○○○をすぐおっ立てやがる。だが、すぐブタ共の立場を判らせてやれば、
あいつらは私の望みを叶えてくれる存在にすぐ様変わりしやがった。

奴等に貢がせたモンで塗り固められていく私に、近付いてきやがる奴なんぞいやしねぇ。

だが、それで構わなかった。

相棒(マレーネ)を片手に、景気よく音を鳴らせば、それで私は、生きてる脈動感じ取れるのさ。

その内、夜な夜なジャンキーが彷徨う街で音かき鳴らせば、人が集まり、

そこの稼ぎで独りでも十分生きていけるようになっていた。









私はいつものように、夜中、街の中心街のストリートで自分の居場所を確保する。
今日はホリデーなんかじゃねぇから、今の時間に街を闊歩しやがるのは、ジャンキーか酔っ払いか変質者だけだ。
私を襲おうとした変質者たちは、とっくの昔に何人か半殺しにしといたから、

今更私をどうにかしようって思う奴などいやしねぇ。

ふと、視界に女物の靴が目の前で脚を止める。

見上げれば、こんな時間に居るはずもねぇ人種が、私の姿を見つめていた。

リネンの白シャツ、ネイビーのAラインスカート。皮のスクールシューズ・・・


「…イイトコのお嬢ちゃんが、私に何か用?」

「凄く格好いい曲だなって、ただそれだけなの…」

生きてるって感じがして…

そう、力無く笑う女…。

「ねえ、手持ちはないんだけど…一曲、聞かせてもらってもいいかな?」

「別に金はいらねぇよ、此処にある金は、勝手に外野が放り込んでくだけだ。
…いいよ、どんな曲がいい?
だが、あんたみたいなスレてねぇお嬢ちゃんが知ってる曲なんて、私は知らねぇ。それでもいい?」

「私、世間に疎いみたいだから、どんな曲も知らないの。だから、あなたが弾きたい曲が聞きたい…」

「ふぅん?…OK。じゃ、その耳に直接届けてやるよ。」




そん時の私は何を思ったのか、普段自分が弾かないような、バラードを弾き、
普段は殆ど歌わない歌を口ずさみ、曲に乗せて声を張り上げる。

目の前の女は泣いていた。

私はその時、生まれて初めて“綺麗なモン”ってやつを垣間見れた気がした。
ありがとう。そういって、立ち去ろうとした女を、あろう事か引き止めてしまう。

力なく私を見つめる瞳は、無気力な深い翠。
どこか知らねぇ南の島の、写真でしか見た事がねえ海の色をしてやがる。

私は、ふと、そんな事を思い出していた…。











◇◇◇◇◇



前に引き止めたコイツを引き連れて、かつて自分が世話になった児童養護施設に脚を運ぶ。
私みたいなタイプの養子縁組は難航を極めるが、今日連れて来たコイツなら、すぐ里親が見つかると踏んでの魂胆って訳。

あの後コイツを引きとめた後、自身が今現在一人で暮らしているアパートに一晩泊め、あらかた事情を察した私は、
とりあえず、もう脚を運ぶ事すらないと思っていた場所に、現在、良くわからねぇ事情のお嬢ちゃんを連れて歩いて行く。
後は、施設の大人達が、コイツの糞親の調査を行ったりなんなりするんだろ。

周りの奴らに挨拶もろくにしないまま施設を立ち去ろうとすれば、
“アリア”が、あわててあたしを追いかけてきやがった。

「…何か用?」

「あなたに、お礼言いたくて…。本当にありがとう…」

長い赤毛が風に巻き上がり、あたしの視界を染め上げる。

「…また、あなたの歌、聞きに行っていい…?」

「おあいにくさま、私はギター一本で普段は歌は歌わないの。

だけど、アンタが聞きたくなったらこっちから弾きに行ってやってもいい。
そん時、そこに連絡しな。…アンタみたいなお嬢ちゃんが、あんな時間に出歩いてんじゃねーよ。危なっかしいんだよ。」

施設に備えてあった備品のメモをちぎった紙に書き殴った私の連絡先をうけとった手は微かに震えてやがった。

「…イノちゃん…。ありがとう…!」

「“ちゃん”づけはやめろ!!!」

そう立ち去る間際に叫べば、屈託なく笑う“アリア”の姿が視界に映し出された…。


















◇◇◇◇◇



アイツ、アリアは、さっさとどこかの金持ちの養子縁組を決め、

さっさと良いハイスクールに入学できるまでに環境に順応していく。

たびたび連絡があった。会いたいと電話口で語るアイツは、

あの日のような消えてしまいそうな儚さなんぞもはや見えなくなっていた。


「アンタ、変な奴だね。アンタみたいな子、普通、私みたいなアウトローと付きあわねぇよ。」

「…え?イノちゃんはアウトローだったの?…こんなに優しいのに。」

「そんな事言う奴は、アンタくらいなモンだけどね。」

「…アウトローなら、スクールにおける私も割りとそうかも。みんな私とは仲良くなりたがらないんだもの…。
なんでなのかなぁ?そんな変な発言とかしてないつもりなんだけど…。」

「…そりゃアレだよ。優秀過ぎるからだよ。テメェは頭良過ぎて頭いかれてるんだよ。
あとアンタ、素材はいいのにその野暮ったい格好なんとかしろよ。今時その三つ編みはねーよ!」

「えー?かわいいじゃない!!赤毛のアンよ!」

「…その発想がもはやアレなんだよ!!……ったく。」

私の説教にクスクス笑うコイツの三つ編みを、ガシガシ解いていく。
何するの!?と慌てるアリアをほっといて、取り出した櫛で真っ直ぐ整えていく。

手鏡を手渡し、ほら見なよって伝えれば、
目を丸くして鏡を、覗きこんでやがる。

「え?野暮ったくない?…前にね、この髪からかわれた事あるから、ちょっと、怖いなあ…。」

「ああ!?三つ編みの方がよっぽど野暮ってえよ!
どうしても気になるんなら、髪の毛少し軽くして貰えばいいんだよ。」

「えー!?それって美容室行かなくちゃならないじゃない!!行った事無いから…怖いわよ…。」

「…はー、アリア、アンタは…そうゆう奴だった…。
アンタ次いつ開いてんの?…私の行きつけに連れてってやるよ…。」








髪型を変え、少しづつ、クラスにも順応できてきたとアリアから度々電話が来ていた。
私は、ストリートライブが好評で、徐々にインディーズで作ったCDが売れる様になっていた。

アリア、あんたが何度も聞きたがっていた、あの時のバラードの歌。…私のキャラじゃねぇから暫く封印してた。

だが、この曲に対する問い合わせや反応が強くて、
仕方が無くアルバムに組み込めば、この前、何気に入った喫茶店で流れていて、居心地が悪かった事を思い出す。

私の音が世間に浸透すればするほど、アリア、あんたは自分の事の様に喜んでくれた。

アンタは度々、私の事を優しいと言っていたけど、寧ろそれはアンタに言いたい。

アリア、アンタは綺麗過ぎたんだ。
だから、こんな糞みたいな世の中で生きていけなかったんじゃねぇのか…。



明日のライブの為にマネージャーが予約していたシティホテルのスイートホテルのベランダで、

いつものようにタバコに火をつけ、ふかしていく…。


この地は、アンタとの想い出が多すぎる………。











◇◇◇◇◇



あんたが選んだ大学は、アメリカ中の狂ってやがるほど勉強してきた奴でも受かるのは難関と言われている場所で、
たまたま地元だから受けてみようと思うの!と簡単に言える場所じゃねぇんだよ。

でも、私にはこれしか取り柄が無いからと笑う親友に、
アンタは素材が良いんだからもっとめかし込めば取り柄なんぞいくらでもあると伝えるも、
またまたイノちゃんはー!と本気で受け取られない。

一発で大学に受かり、何やら私には訳分かんねぇ分野の研究をし始めたアンタは、

より一層、外見なんぞ取り繕わなくなってくる。
そんなある意味一貫していたアンタの、価値観を揺るがす奴が現れる。

同じ大学のたまたま同じ研究室に一緒になった奴らしい。

アリアが私と引き合わせたいと、ストリートライブに連れて来やがった男は、

将来有望な学者様になるっつう道を歩んでる割には、ガタイがやたら良く、視線も鋭い。

…アリアがカッコイイんだよと幾度も語っていたから、一体どんな奴が来るかと身構えていたんだが、
なんて事はねぇ。……コイツも、なんだかんだ修羅場くぐってやがる。そんな予感をピリピリし、

私はつい、野郎にガンを飛ばしてしまう。

気に食わねぇ。それが、奴に対する第一印象だった。




奴と付き合う様になってから、アリアはどんどん綺麗になっていった。

あの野暮ったいアンタはどこに消えちまったんだ。
髪はキチンと切りそろえたロング、相変わらずの赤毛だが、手入れを怠る事が無くなり、歩く度、サラサラと風になびいた。

前は履く事なんぞ一切無かったタイトな黒いミニスカートを履き、ノースリーブの白シャツに黒いタイ。
シンプルながらも、アンタの目立つ赤毛と翡翠の瞳には、色味を抑えた格好がかえって良く生えた。

度々二人で私が出場するライブに脚を運んで来る。

アンタの笑顔がとても好きだった。
だが、今のアンタの笑顔は気に食わねぇ。

 

ギターは良い。こんな糞な思いなんぞ一気にかき消してエクスタシーを感じさせてくれるから。

この憤りを、全部、全部、ギターにぶつけた。

 

そんな私の演奏が皮肉にも、世のクレイジーな奴等に大いに受けちまって、

一気に私の名がメジャーにまで届ちまう程に。



◇◇◇◇◇






「イノちゃん…っ、私、私…死んじゃうみたい………。」

私の手を掴み、いつになく泣きじゃくるアンタの手を握り返し、私は顔を伏せて、自身の歯をギリ…と噛み締めた。

この糞がっ!!!

私にとっての生は糞だ。

だがそれで、世を恨んだ事なんぞ無かった。
自身の力で突き進んできた自覚が私にはあったから。

だが、この仕打ちは何だっ!?

アンタがこんな風になっちまう筈がねぇんだよ!!

私より、糞な子供時代経験しまくったアンタが…っ、
こんな風に死んじまっていい筈なんかねぇんだよっ!!!

「アリアっ!アンタ、前に言ってたじゃねぇか!…その内何でも病気を治す細胞が出て来るかもしれねぇって!!
それを今のテメェに使えねぇのかよ!!」

「イノちゃん…それは…諸刃の剣なの…。ギア細胞…。私達チームが見つけた、細胞の常識を覆しちゃうこの細胞は、
確かにありとあらゆる病気に打ち勝つ事ができる…、
でも…。それは、逆に考えれば、みんなと同じ人生をまっとう出来なくなるって事。
フレデリックや、イノちゃん、…そしてみんな…。みんなが時が経ち、年を重ねてる時に、私だけ時が止まる事になるの。
…私はそれが嫌…。私もみんなと一緒に歳を重ねたい…。置いて…いかれたくないのよ、…っ。」

「それがなんだってんだっ!!私はっ、テメェが先に逝っちまうような糞の世の中なんぞ!認めたくねぇんだよ!!」

「イノちゃん…。」




◇◇◇◇◇



それから数日経ち、奴がアリアを説得する為に、ギア細胞を身体に投与する決意をし、

やっとアリアは、首を縦に振りやがった。

ギア細胞にも、適正っつうもんがあるらしい。フレデリックの野郎は検査結果は異常無く、

何事も無く、細胞の投与が行われ、暫くは安静の為に、同じ病院にて入院している。

今日は、アリアの適正検査の結果が出る日だった。

私が、アリアが入院している病棟に脚を運ぶ病棟内は禁煙だからか、先に一服済ませてからと思い喫煙ルームに脚を運ぶ、
遠目から、点滴用の支えを掴み、左手でタバコをふかしてやがる、とんでもねぇ患者が居るもんだと呆れながら扉を開ければ、
なんて事はねぇ。フレデリック=マーキュリー、奴の姿だった。


「…とんでもねぇ患者かと思いきや、テメェかよ。」

私は自身の内ポケットから、ブランド物のライターを取り出し、咥えたタバコに火をつける。

「ああ?只、ギア細胞を己の身体に取り込んだだけだってのに、酒もタバコも規制されるいわれはねぇんだよ。
ギア細胞に関しては、此処の奴等より判ってるからな。俺が吸っていいっつうもんを医者なんぞに止められてたまるか。」

「…それは屁理屈だって、ガキの頃に習わなかったのかよ。」

「屁理屈も立派な理屈だぜ。ガキん時、俺はそう習ったがな。」

「ハッ…」

コイツの言い分に、鼻をかけて笑ってしまう。

コイツ…私と同類かよ…。
コイツも相当根が曲がってやがる。糞な大人や周りに振り回され、自力で生きてきた、そんな臭いを嗅ぎ取る。

私は、けだるくタバコの煙を吐き出した。

「普通、学者になれるような御坊っちゃんは、もっと品行方正なもんだと思ってたが…私の検討違いか。」

「…何行ってやがる。研究者以上に、頭狂った人種は居ねぇよ。まさしく、マッドサイエンティストってヤツだぜ。」

「テメェ、自分で自分の事狂ってるって言ってやがるが…、…そこんとこどうなんだ。ああ?」

「………綺麗に狂えれば、また違うんだろうけどな。
お前、アリアんところ寄るんだろうが。早く行かねぇと、面会時間過ぎちまうぞ。」

そう言い放ち、喫煙室を去った男の横顔が、何処か遠くを見つめてるようにも見えた。







「あ、イノちゃん…!来てくれたんだ…!」

「さっき、喫煙室であんたの彼氏に会ったよ。アイツ、点滴引きずりながらタバコ吸ってやがった。とんでもねぇな。…」

「そう、そっか…」

「ん?…随分覇気が無いけど、なにかあったの?」

「……、フレデリックが、タバコ吸ってたの…きっと、私のせいね…。」

そう呟き、うつむくアリアに、何時もと様子が随分違う感じを受け取る。

「そういえば、あんたの適正検査、終わったの?」

「………その事なんだけどね…。……イノちゃん、あのね?……私……フレデリックの子供、授かっちゃったみたい…。」

「……はぁ?…そいつはめでたい事じゃねぇか!…」

「うん、そうなの…。でもね…選択しなくちゃならない。

子供を堕ろしてギア細胞を投与するか、子供を産む事を選んで…私の身体が持たなくなるか…。
フレデリックは、今回は仕方が無い、子供は諦めろって…言うの…。

私が生き残ってから、子供の事はまた考えたら良いって…。でも、でもね…私は嫌!!
せっかく授かったこの子を殺すなんてっ…私には、私にはできない……っ。」

「……はぁっ!?、ちょ、ちょっ、待てよっ!?アリアっ、アンタっ!!」

「私は産みたい。もう決めたの。決めたのよ。だから…、イノちゃん…ごめんなさい…。」 





血の気が引いて…視界が暗転するっつうのはこういうことかよ…。

稚拙な小説の表現に出て来やがる表現に、そんな訳ねぇだろと鼻で笑っていた自分を思い出して、

乾いた笑い声を発してしまう。
こんな糞の世の中で、糞の音を大量に発して、糞な人間関係築いて、立ち回って、這いずって生きてきたあたしの人生の、

…アンタは唯一の綺麗なモンで…。

アンタが笑顔で生きてるなら、こんな糞な世の中でも肯定する事が出来ていたんだ。

なんでだよっ!!なんでっ!!?

世の中糞だから、それに準するような糞しか生きていけねえってのかよっ!!!

私は、思わず病室を飛び出していた……。




◇◇◇◇◇


周りの幾度とない説得にも、アリアは首を縦に振る事は無かった。刻々と時は過ぎ去って行く。

病室で大きなお腹を優しく撫で擦るアリアは、どこをどう見ても母親のそれで、
でも、アリアの鼻に通された管の類いや、酸素マスクの存在が、異様な姿を物語っていた…。

「アリア…少しは寝れた?」

見舞いに来るたびに痩せていくこの娘を見ているのは辛いものがある。

だからって、見捨てれる程にあたしも強くなかったって事か…。

私の姿を見て、笑顔を浮かべる。

…今はそれでいい。


笑顔すら浮かべれなくなる時が、いつか来ちまう。





今年の中旬に差しかかってから、私のギターソロは、より一層一層いろんな層に受けやがった。

今まで自身で管理していたスケジュールも、事務所契約をし、初めてマネージャーが付く事になった。
事務所が、私に色んなバンドのライブの仕事をどんどん持って来やがる。

私は現実を直視したくなくて、ガンガン働いた。

TVでも取り上げられた。

アンタは病室で見ててくれているのだろうか?

あまり露出を避けていたあたしが、こんなにマスコミ的なモノを介入するような仕事を選んでいるのは、
全部、アリアが病室で見れる様にする為だった。



12月の末、色んなバンドのクリスマスイベントライブに参加させて貰う。

流石に、この国のクリスマス当日は、完璧に祝日でどの仕事も休みだからか、仕事なんぞ来るはずも無い。
ちょうど、その辺りがアンタの子供の出産予定日だった。

「とんでもねぇXmasだ…。」


聖イエス・キリストの生誕日。

アンタの命を犠牲にして生まれて来る子は、医者の見立てでは女って話らしい。

男じゃなくてよかった。

男だったとすれば、キリストを命がけで生んだ聖母の如く、
正真正銘、私の手の届かない場所にアンタが逝っちまいそうな気がしたから…











◇◇◇◇◇






産気づいて病室で看護師共が慌ててバタバタしやがる。

体力がもう限界のアリアは、自力で産める筈も無く、帝王切開になると、フレデリックの奴が語っていた。

手術室の前の少し革が破けたベンチに腰掛ける、恋人である奴の姿と、ほぼ赤の他人の筈の私の姿。

あとからアリアの上司と名乗る白髪のひょろい男が手術室の前まで駆けて来やがった。

アンタの身を案じているのは、私とコイツらだけかよ…。

私も大概孤独だが、アリア、あんたも負けず劣らずだったんだな。

あんな真っ直ぐでスレてねぇアンタの、出生がこんなに過酷だったなんぞ、誰が予想できるもんかよ。

旗から見てりゃ、頭が異常によく容姿端麗、そこそこ出来る男も居やがる。
大学でもイノちゃん以外の女の子の友達がなかなか出来ないなんて愚痴っていたが、そりゃ当たり前だろうが。
女っていう生きモンは面倒臭く出来てるもんで、大体の奴はアンタに劣等感を抱いちまうだろ。

私は、アンタが…元々何も持って無くて夜の街を彷徨ってやがった姿を知ってる。
アンタが今まで手に入れてきたモンは…アンタ自身の努力のみで掴んだって事も知ってる。

アリア、アンタはこれから幸せになんなくちゃいけねぇんだ。

勝手におっ死んだら、私が絶対に許さねぇ!!!







出産の為の帝王切開は無事成功した。

意識カラガラ、アンタはベッドに横たわりながら、隣に寝かされた自分の娘を嬉しそうに見つめ続けてた。
Xmasにピッタリ生まれたそいつは、アリアによって、「ディズィー」と名付けられた。

目元も髪色もフレデリックにそっくりねー。そんな事をつぶやきながら、幸せそうにしているアンタの笑顔は、

今まで見た中で一番、良い顔をしていて…
すでに母親として腹が座っている様に見えるアリアに比べ、
フレデリックの野郎は、恐る恐るおっかなびっくり自分の娘と対峙していて、腹くくった女が強いっつうのは、

強ち間違ってねぇな。ふとそんな事を思う。

そんな様子を、先程の白髪の男が優しく見守ってやがる。

私の出る幕は無さそうだ。


「イノちゃん?もう行っちゃうの?」

「ああ、あんたらの邪魔はしねぇよ。それに、私は今や売れっ子なんだ。この後すぐスケジュール抑えられてる。
…アリア、アンタなら、良い母親になるよ。…じゃあな、また来る。」

「うん、イノちゃん、ありがとう。」






◇◇◇◇◇



それからスケジュールの合間に、アリアと法力通信のやりとりをしていた。

あの図体デカイ野郎が自分の娘に翻弄されてる姿と、その姿を幸せそうに見つめるアリアの姿を見た後、
私はステージに立つ、年末は、そんな過ごし方をしていた。


カウントダウンのライブに、参加しようとしていた、まさしくその時に、奴から、アリアの体調が急変したと連絡が来る。

自分のライブの出番をさっさと終わらせ、その後のスケジュールなんぞほっぽり投げて、

アリアが入院している病院に駆け込んだ。
酸素マスクと色んなチューブに繋がれ、意識が昏睡しているアリアの元に縋り付く。

「……イノちゃん……。だめだよ…、お仕事、あったんでしょう?イノちゃんは、こんな所に居ちゃダメな人なのに……。
でも…来てくれて、嬉しい……。

今まで……こんな…ね?いつも鈍くさかった…私とね…友達で居てくれて…ありがとう。
イノちゃん……は、私の…最高の、誇りなんだ…いつも格好良くて、綺麗で…。イノ…ちゃん……。…だいすきよ…。」

「フレデリック…わがままばっかで…ごめんなさい…。でも、私は…二人がこうして側に居てくれて、

見送ってくれて…本当に嬉しい…の…。
………、お願い、泣かないで…。私、今…とても幸せなの……。あなたの娘を…産めて、ほんとうにうれしかった………。


…フレデリック、……あいし…て…………」











心電図が何も波を打たず、只真っ直ぐに表示されている……。

目の前の野郎が、アリアの手を握って、取り乱し、怒涛のごとく叫んでいる…。

私は…。なんだかわかんなくなり、乾いた笑みをひたすら浮かべていた…。

嘘だろ?…

こんな…糞な結末を書いた脚本家は誰だよ…。

盛り上げる為の演出のつもりか?

馬鹿言ってんじゃねぇよ…。

ありえねぇよ…。


死亡確認を淡々とこなす医者共が、後から演出でしたって、アリア、アイツが、二

人をびっくりさせたかったって、言うんだろ?

ベッドでうなだれる野郎の背中に、そっと手を置く白髪の男の姿…。

私は、その様子を、ずっと

力なく見つめ続けていた……。
















◇◇◇◇◇







私はアンタの葬式なんぞ出たくなんか無かった。

現実を受け入れられなくて、逃げちまったんだ。

そんな私を奴はゆるさねぇだろ。


皮肉にも依頼される仕事はどんどん増えていき、
私の名は瞬く間に全米に広がっていった。

富、名声、あらゆるもんを自由に出来る程までになっていた。

だが、そんなもん、一体何になるっていうんだ。

アンタが居ない。

こんな糞な世の中で。












 

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