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根無し草を見つけた少年。

-Regular route-

​R-18

 

「エル、君変わったね。」

前から良くして下さるリピーター様と、私のお仕事である夜の旺盛が終わった後、

ベッドの上で、下着を身につけていた時に、そう声をかけられた。

「え?そんな事…ないですよ?」

「いや、初めて僕が君を指名してから、僕達…なんだかんだ長い付き合いだろ?…今までの君、“中イキ”しなかったじゃないか。

…恋人が出来たんじゃないかと思ってさ。」

「そんなぁ!…たまたまですってばー!こっ、恋人なんて…居ませんし…」

つい、しどろもどろになって声を上擦らせてしまい、慌てて顔を逸らしたら、思いっきり噴き出されてしまった。

「ぶはっ…!君は相変わらず嘘がヘタクソだね。
エスコートガールで君みたいに此処まで素直な子は珍しくて、

君の事気に入って指名させて貰ってたが、中には君の事をガチで狙ってる奴も居る。今後気をつけた方がいい。」

「いや、ですから恋人はっ!?」

「なら、好きな奴でも出来たのかい?それなら納得だ。」

「違いますって!!」

「まあ、何にせよ安心していい。僕はそんな些細な事で君の指名を切るなんて事はしない主義なのさ。
…はい、これは今回の君の働き分の報酬だよ。エル、また近い内に会おう。」












◇◇◇◇◇










リピーター様のマンションのエントランスを抜けて扉を開ける…。

私…、そんなに変わってしまったの???

何時もなら、仕事として割り切ってるリピーター様達のお仕事はどんな事をしたのかとか、どんなプレイが好みとか把握しながらしているのに、

最近は、途中から、すっぽり記憶が飛んでいる時があって…。

オーラルまではきちんと記憶があるの。
いざ挿入になった後、途中から、気持ち良くなりすぎてよくわからなくなって…。

でも、お客様によって、飛んじゃう人とそうじゃない人と様々だけど…………。

あ……!!

やだ…っ!私…っ!!
奥…、最奥突かれると、もう…それだけで記憶飛んじゃうっ…!!

それって、それって…っ!!!





考え事し過ぎてぼーっとして歩いていたら、足元に誰かとぶつかった。

「きゃっ!?」「うわっ!!」

「ったく、何ぼーっとしてんだよ!」と尻餅をついて文句を言っているのは、金髪碧眼の男の子。白い半ズボンと靴下。

ブランド物のシャツを着ていて、一目で良い所の子だと判る。
世の中で流行っている“ちまき”っていうキャラクターのぬいぐるみを掴んで

「余所見して歩くとか、マジデンジャラスだぜ!」と文句を言いながらぬいぐるみの埃を払っていた。
愛らしい見た目と反して随分お口が悪くて、私は戸惑ってつい謝り倒してしまう。


「ご、ごめんなさい…!」

「……いや、もういいよ。オレも見境なく走ってたしさ。」

「でもっ、君の膝…擦りむいてるし、それに、そのぬいぐるみも破けちゃって…」

「膝は唾つけときゃそのうち治るだろ?こいつに関してもさ、いつか形あるもんは壊れるってオヤジがよく言ってたから気にすんなって。」

「ダメっ!!バイ菌が入ったらどーするのっ!?それに、そのぬいぐるみも君が大事にしていたものでしょう!?弁償させて?」

「ええ!?大袈裟だなー!?でも弁償はいいよ。だってそれって、もう“こいつ”じゃなくなるって事だろ?

それにこいつも、この傷でより漢としてハクが付いたっつうか、ほら!寧ろカッコ良くなったんじゃね?」

そう言って、目の前の男の子は、ぬいぐるみの破けた場所を私に見せてくれた。私はその男の子のポジティブな考え方に思わず笑ってしまう。

でもこのままだと、すぐぬいぐるみがボロボロになっちゃうかも…。

「あ!だったら、私に良い考えがあるの!」






◇◇◇◇◇






「なんだここ!?スッゲェ部屋!!なんか、いかにも女の子の部屋って感じがするぜ…。」

「もう!女の子なの!!…シン、君は此処に座って?」

私の言葉掛けに、何故か少しだけソワソワしている先程ぶつかってしまった男の子、シンはおずおずと、私から差し出されたチェアに座った。
私は自分の寝室のウォークインクローゼットの奥から、裁縫道具と薬箱を出して、彼の座るテーブルに向かう。

「膝見せて?」

「うん。」

先程あんなに元気だったのに、しおらしくなってるシンの前に屈み、私は消毒薬をコットンに含ませ、彼の擦りむいた傷をトントンと叩いていく。
その際、とある場所に視線を感じて上を向いたら、あからさまに慌てて顔を背けられたから、私は思わず自分の胸元を見てしまう。

あ、私…仕事帰りで、お客様受けの良い格好してたままだったんだ!
心の声で、幼気な男の子に変なモノ見せつけちゃってごめんなさい!と呟き、絆創膏を薬箱から出して、シンの膝小僧にペタっと貼った。

「次はこの子の治療だね!」

そうシンに声かけしたら、彼は「…おう。」と小さく返事をしただけだった。


シンから預かった彼の“相棒”と向き合う。

銀色の針を一本取り、白い糸を針穴に入れていく。
なかなか入らなくて、糸の先がボソボソになって、思わず口に含み、舐め、唇でまとめ、やっと糸を通して破れた箇所をチクチクと縫っていく…。

そんな私の行動を、シンは瞬きもせずに見つめていて、私は、若干戸惑ってしまう。

「ど、どうしたの?そんなに見つめて…。」

「…いや、なんつーか…エルは母さんとは違うんだな。って思ってさ…。
母さんもよくこうして、オレの破いた服とか破けた“コイツ”縫ってくれるけどさ、なんか…こんな、変な気持ちにならないっつうか…。
さっきから、この部屋めっちゃ良い匂いだし…。ソワソワして、居心地悪いっつうか…。」

「ふふ、そっかぁ。それってきっと、シンにとって私は、君のお母さん以外に初めて身近に感じた異性って事だよね?」

「…なんだよ、それ。」

「大丈夫、君がもう少し大きくなったら、判る事だよ。」

「なーんか、スッゲェ子供扱いされてね?」

「そんな事もあるかな?…でも、シンは将来絶対素敵な男の子になるよ!…ほら直った!はい!これからも“相棒”と仲良くね!」










もう遅いからと、シンを自宅に送ろうとしたら、「いや、今日は“オヤジ”んとこ行くから、此処まででいいよ」との事で、近くの駅まで見送る。

「“オヤジ”んとこ?お母さんとお父さんは一緒に住んでいないの?」

「あー、オヤジは、いわゆる…オレの爺ちゃんなんだ。オレ、只今絶賛反抗期ってやつでさ、母さんはともかく…今はあいつとは会いたくねーんだ。」

「あいつ…?…お父さんの事?」

「…………………。あんなやつ、なんで俺の父さんなんだろうな…。」

「シン…。」

「ごめん、変な話聞かせちまった。」

「ううん。」

「エルは一人で大丈夫なのか?」

「うふふ、ありがとう。でも、私は君より10以上も年上なんだよ?君は何も心配しなくていいんだよ。ね?」

「えー???そうかぁ???なーんか、エルは年上って感じしないんだよなぁ!隙だらけだし?鈍感だし?」

「え?どうゆう事!?」

「そんな格好で街歩いててさ、なんか…心配なるだろ…」

「こ、これはね??その…??深い理由があって…!」

「エルは可愛いからさ。別にそんな格好しなくたってモテると思うぜ?」

「へっ!?」

「……じゃあ、また会おうぜ!!」

「シン!?………えええええええええ!?!?」


私はシンの言葉に戸惑って、思いっきり、その場で叫んでしまっていた…。







◇◇◇◇◇








「オヤジィ!!遊びに来たぜ!!!」

「…何が遊びに来ただ。シン…テメェ、また家出か。」

「母さんには許可取ったんだ。家出じゃねぇ!!!オヤジだって知ってんだろ?」

「……ったく、まあいい。で?こんな時間までどこほっつき歩いてたんだテメェは。その“母さん”が、心配しただろうが。」

「あっ!?そ、それは…アレだよ!!!男の秘密って奴だ……アデッ!!!?何すんだよ!!!」

「あ゛!?今なんつったっ!?」

「オヤジだって!オレや母さんに隠し事あるじゃんか!!オレだって、そりゃあ隠し事の一つや二つ……イッテエエエエ!!!?」

「変な事宣う口はコイツか…?あ゛???」

「ちょ、まっ…待っ!!?わかった!!言う!!言うからっ!!」









「成程な。またテメェの不注意か。ったく。」

「いや、オレも悪かったけどさ、向こうもぼーっとしてたから、この場合、お互い様っつうか。」

「ちゃんと礼は言ったのか?」

「言った。でも、気にしなくて良いってさ。」

「テメェの不注意で破けたモンわざわざ縫ってくれたんだろうが、後からディズィーにも伝えろ。いいな?」

「ああ、わかった。…………オヤジ?」

「…テメェ…随分、女モンの香水まとって来やがったな…?…しかもコイツは……。
…おい、シン。お前を助けた女は、どんな奴だ?」

「……なんで、オヤジがそんな事知りたがるんだよ。」

「ああ?…念の為だ。」

「……………やだよ。なんか…オヤジには知られたくないっつうか……。」

「あ?…なんか言ったか?」

「……いや、なんでもねぇよ。てか、後から母さん通して、お礼すればオヤジも文句無いだろ?
てか、マジ腹減ったぜ!!!オヤジ!早くメシにしようぜ?」







◇◇◇◇◇








シンと別れてから数日後の仕事から帰宅した後、ポストに一通の手紙が入っていて、宛先は不明で、私は訝しく思いながら、その封書を開けた。

『この度は息子が大変お世話になりました。お礼をさせて頂きたいです。

大変お手数おかけしますが、○月○日貴女様のご自宅前にて、お迎えに上がります。』との内容に、私は一人、その場で固まってしまう。

え、えっとぉ…やっぱりシンって、良いところのお坊ちゃんだったんだなぁ…。
あんなお口悪くて、背伸びしてて…でも優しくて、あと、ちょっとおませさんだったけど…。

お、お礼…お礼…される程の事ではっ!?!?
お迎えっ!?わざわざお迎えに来てくれるの!?
さ、流石にこれは、気持ちだけ頂いて、お断り…させて頂きたいです…。

こんな時、自身が今している仕事が誇れなくて、堂々と出来ない自分に気づいて、胸が締め付けられてしまう。


『気に入らねぇ…気に入らねんだよっ!!…何か大丈夫だ!?なにが頑張れるだっ!?
…俺の目の前で、テメェ自身の望みを誤魔化してんじゃねぇよ! !!』


ソルさん……。

こんな時…貴方の言葉ばっかり
思い出しちゃうなぁ。

私の頬は、静かに涙を流していた…。







◇◇◇◇◇







シンの両親が私にお礼をしたいとかかれた手紙の当日…。
私は、自分が持ってる最大限に清楚な格好を選んで、彼らの到着を待っていた。

でも、どうして、シンのご両親は私の住んでる場所が判ったのだろう?
シンが覚えていた可能性が一番だけど、それにしても手紙まで届ける程だもの。

ちょっと怖い憶測をしてしまって、ううん!!大丈夫!大丈夫だからエルフェルトっ!!と気合いを入れる。

暫く道を見つめていたら、今主流の法力高級車が、此方に向かって走ってくる。

案の定、私の目の前に止まり、運転席から金髪碧眼長身、白いスーツ姿を身に付けた見た目30代前半の美麗な男性。

私を見つめて丁寧にお礼をした後、助手席に回り、当然のように扉を開け始めた。
そこから出てきたのは、長い綺麗なレッドブロンドを左右にまとめた美女。先程の金髪碧眼の男性にエスコートされて、助手席から立ち上がる。
私と目が合うと、ニコリと慎ましく笑って、私は思わずドギマギしてしまう。

………え???え!?

わ、私っ…なんか…とんでもない方達と知り合ってしまったんじゃ…????

「はじめまして、エルフェルトさん。この度は、私達の息子がお世話になりました。
私はあの子の父であるカイ=キスクと申します。隣が妻のディズィーです。」

「はじめまして、エルフェルトさん。只今紹介に預かりましたディズィー=キスクと申します。
本日は、お時間をご用意してくださってありがとうございます。シンから貴女のお話を聞いて、心からお礼を申したくて…

こんな個人情報を詮索するような真似をしてごめんなさい。
本当はこの場にあの子、シンも連れて来たかったのですけど…。あの子は事情がありまして。とりあえず私達だけでもお礼出来ればと…。」

「あっ!!いえいえ!!わっ、私の事はお構いなく!!」

「あの子が、自宅から帰った後、シンはずっと貴女のお話ばかりだったんですよ。転んだ傷を心配して消毒してくれたり、“相棒”を助けてくれた。って…。」

「いえ…!私が少し考え事してしまってて、不注意で息子さんを怪我させちゃったので…!だから、私こそごめんなさい!」

「いえ…多分、シン、あの子の事だ。元気盛りなのはいいが、不注意が過ぎるからな。寧ろ貴女に大事が無くて良かった。」

「いえ、そんな…!」

「エルフェルトさん、貴方が良かったらですが、今から息子と会っては頂けないだろうか?

今の私は息子との折り合いが悪くその場には立ち会えないが、今から妻の実家に妻を送り届けて行くつもりです。

その実家には私の息子と、私の義父…シンの祖父が住んでるのですが。」

「ご、ごめんなさい…。これから、私ちょっと仕事で…」

「そうでしたか、貴女の都合を考えずに失礼しました。」

「此方こそ、期待に応えられなくてごめんなさい。」

「いえいえ、急な申し出ですから…。
こんな事を貴女に語っても仕方がないのですが、最近、私は仕事にかまけ、シンの事を優先出来ずに何度となく約束を違え、

あの子の幼心に傷をつけてしまった…。それ以来、ずっとあの子はふせぎがちでしたが、

昨晩…自宅でシンがあんなに楽しそうにしていたのは久しぶりの事だったのです。」

「シンは、今は私の父の影響で元気に振る舞ってますが、本当は身体が弱くて…

父を真似て少しずつ格闘技をし始めるまではずっと寝たきりの生活だったんです。
あのボロボロのぬいぐるみ。あの子が唯一ずっと大切にしてきたモノをあなたは“相棒“と言って渡してくれたとシンは何度も私に話してくれたんです。
エルフェルトさん。また、貴女の時間がある時にでも、是非シンと会ってあげて下さい。宜しくお願いします。」







深々と此方にお礼をして、二人とも法力車に乗り込み、発進していく。

私はそれをずっと見守りながら、
シン…、あんな素敵なお父さんだもの。仲直り出来るよ。絶対大丈夫。

そんな事を心で呟いた。

私は…そのあと自宅へ戻り、自身の望みの為に、今日もまた、仕事の準備を整えていく…。





◇◇◇◇◇










「…なにっ!?エルフェルトだとっ!?」

「ソル…?急にどうしたんだ!?」

あれから数日後…、私の昔からの古友であり、今では義父でもある目の前の男とサシで酒を呑む約束を果たす為に、

とある高級ホテルのラウンジのバーに来ていた。

互いの近況と家族の報告、折り行った仕事の交渉などもこの男とするからか、よくこういったラウンジで呑みに来るのだが…

この男か、此処まで取り乱す姿は久しく、私も思わず驚いてしまった。

「…カイ、テメェの話をまとめるとだ、シンを助けた女が、エルフェルトって名前で間違いねぇんだな?」

「ああ、その通りだ。でもどうして、お前がエルフェルトさんの事を知っているんだ?
そこの辻褄が合わない限り、私はおいそれと彼女の情報をお前に語る事は出来ないぞ?…何か、事情があるのか…?」

「………しゃねぇな…。」









「成程…どことなく似ているとは思ったが…アリアさんのクローン。本当に実在していたのだな…。」

「テメェは信じていなかった口だからな。俺も半分眉唾モンでアリアの話を聞いていた。ま、後悔先に立たずっつうのはこの事だ。」

「私はエルフェルトさん、彼女にお礼を申した後、是非シンに会って欲しいと誘ったんだ。…丁重にお断りされたよ…。

ディズィーも言っていたが、なんというか、彼女は…心根が優しすぎて見ていて辛いものを感じてしまう…。」

「そりゃ、生まれのせいだ…。」

「そうだな…話を聞いて…もっと早く救えなかったのかと…胸が痛くなったよ。

ソル、お前はどうする?

彼女の出生と彼女の状況下は並大抵では太刀打ちが効かない闇だ。
私は私のやり方で彼女を救う方法を模索するが、とりあえず、お前は彼女にいち早く会い、今の仕事を辞めるよう説得するべきだと思う。」

「テメェに言われなくとも、そのつもりだったんだがな。俺だと、あいつに逃げられちまう。」

「…判った。なら、今すぐ行こうか。私がお前を彼女の元に連れていけばいい。」






◇◇◇◇◇






「…………、やはりな。」

「見事に…もぬけの空…か…。」

「あいつは根無し草だ。一つの所に留まっちゃいねぇってこった。」

「すまん、ソル…。私が彼女の居場所を私的に見つけてしまったのが、仇となってしまったようだ。」

「…そりゃ、偶然ぶつかっちまったシンの仕業みてぇなもんだろ、そんなもん誰が予測出来るかよ。」

「だが、これで確信出来たよ…。エルフェルトさん。彼女が裏社会との繋がりで雁字搦めだと。」

「俺はあいつがどんな生まれだろうが、闇とズブズブだろうが構いやしねぇんだがな。…だが、今度捕まえたら二度と放しはしねぇ…。」

「シンも彼女に会えなくて悲しむ事になるな…。」

「カイ、シンに伝えておけ。“早く強くなりやがれ”ってな。」

「ソル?それは一体どうゆう意味だ!?」

「…ま、近い将来、俺とシンがやり合う事になるかもしれねぇってこった。」

「は!?」

「…さっさと帰るぞ。」

「待てソルッ!?それは一体どうゆう意味なんだっ!?」

 


 

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