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とある研究員と

その婚約者との始まりの日。

-if it's so-

『初めまして。エルフェルト=ヴァレンタインと申します。

身辺報告書など、何分書き慣れていません。
自身の言葉で書いていいとの事でしたので、拙い部分がありますが、宜しくお願いします。

この“姓”を名乗るのもそろそろ見納めと思うと、色々ありましたが少し考え深いものがあります。
私の婚約者様からは、私の好きな“姓”を名乗っていいとの言付けを受けていますが、

私個人的な想いから結婚を期に婚約者様の姓を名乗らせて頂こうかなと今は考えています。

私は、アリエルス=ヴァレンタインが管理している生物学研究所で産まれました。
アリエルス=ヴァレンタインの娘、アリア=ヴァレンタインの遺伝子を媒体にしたクローン人間です。
アリア=ヴァレンタインのクローン体は、現在二体。
ラムレザル=ヴァレンタインがその第一号、私は二号目で、アリア=ヴァレンタインのクローンとして生を授かり、現在に至ります。

ラムレザル=ヴァレンタイン、言いやすいようにラムと呼びますね。

私の“姉”であるラムは、アリア=ヴァレンタイン、アリアさんの思考能力、頭脳を主に遺伝子に組み込まれ、

頭脳を育てる教育を研究所にてされていました。
外見は、白金(プラチナブロンド)で、肌は褐色、目は切れ長、瞳は赤みがかった金色、妹の私から見ても物凄い美人です。
スタイルはスラッとした手足、全体的にスレンダーで、身長は私より若干低めです。
外見的特徴は私と似ても似つかなくて、アリエルス=ヴァレンタイン…私達の母が、

姉の外見を何故そのように設定した理由は、私にはわかりませんでした。

私は…姉とは全く異なる教育を受けて研究所で育ちました。
私にはアリアさんや姉のような頭の良さはありません。

私は…ハイスクールまでに習う最低限の会話や読み書き等の知識だけを会得しつつ、

研究員達に幼い頃から性的な教育を施され、その技術の向上のみ身体に叩き込まれました。

“母”の真の目的は何なのかは私には解りませんが、二十歳の時に研究所から出て良いと言われた事、習った技術を仕事にする事。
その稼いだお金の三分の二を研究所に収めるという約束にて、私は研究所から解放される事になりました。

初めは“母”からの斡旋にて、仕事に馴れていきました。
色んなお客様が居ましたが、研究所でされていた事より遥かに皆さん優しくて、

その時は純粋に母の為に、姉の為に、お仕事を頑張ろうという気持ちで居たんです。
でも、段々仕事をこなす内、この仕事は違法で、常に法の目を逃れながら生きて行かないといけない事。

何度も摘発されそうになって、慣れ親しんだ場所を幾度となく夜逃げのように引っ越ししたかわかりません…。
特に私は、色んな方達とお知り合いになって仲良くして下さった方達に、

自分の素性を語れない事が一番辛くて、そんな生活を続ける内に、みるみる荒んでいきました。

もう辞めたい。と母に伝える度に、
「お前の稼ぎが、研究所の資金源となっている」
「これ以上、お前にふさわしい仕事もない」
「この仕事以外にお前がが私達を助ける程のお金は稼げない」
そのような言葉を幾度投げかけられた事でしょうか…。

そして、私が一番逃れられないと感じた言葉…
「お前がやらないというのなら、姉に頼むしかない」

それだけはと必死に母に頼み込み、それ以降の私は心を殺して仕事をこなしていたので、

母から逃げてきた現在、姉の事が一番の気掛かりです。
私が母から逃げた事で、姉がかつての私のような辛い目にあってるかもしれない…。

そう思うと、罪悪感で呼吸が止まりそうになります。心がバラバラになりそうで…、生きた心地がしなくて…。
弱気になる私を、婚約者様やその周りの方達に、何度も何度も励まされ、叱咤され、支えて頂いた事でしょうか。

幼い頃から、自分が生きている意味を何も感じれなくて、それが当たり前の事だと思い込まされていました。
でも、今は…違うんだと知りました。そう、私も姉も母の道具なんかじゃない。

今は、私だけでは姉の無事を確認するのは不可能ですが、
この拙い報告書が少しでも皆様の何かしらの手助けになる事を信じて…』






◇◇◇◇◇






「…フレデリック、君は“彼女の報告書”に目を通したかい?」

先程、助手に淹れて貰っていたコーヒーを啜りながら、数枚の書類を俺に差し出し、神妙な顔になってやがった野郎に声をかけられた。

「“アイツ”がなれないモンに必死になってやがったからな、俺が最終チェックした」

そう語れば、そうか。と前髪に隠れた目を、窓の景色に向けて遠い目をしやがる。

「君が初めて、“彼女”をこの研究所に連れて来た時は、チームの皆、目を丸くして驚いていたね」

「よーく見りゃ、違う所が多々あるんだがな。端から見りゃ、そりゃあ度肝抜かれるだろ」

奴が俺に渡してきた“エルフェルト”が書いた資料にもう一度目を通し、

そもそもだ、“アリア本人”がこんな拙い文書く訳が無いだろと、自身も出されたブラックコーヒーを啜りながら言えば、
まあ、その通りなんだけどね。と奴は少し苦笑いした。

「フレデリック、これはあくまでも僕の憶測だ。聞き流して聴いてくれていい」

「ああ?何だ?藪から棒に」

「アリア自身もクローンだった。って言ったら、君は驚くかい?」

夕日が陰る窓の景色を遠目で見つめながら語る奴の目は、色んな感情を含んだ言葉で、

俺は珍しく神妙な気持ちになりつつ、溜息を付き肩をすくめ返答する。

「いや、そんなもん驚く訳無いだろ。寧ろ考えない方がどうかしている。…感情的には受け入れたくは無いがな」

「そう。だからこそ、アリアは…」

目の前の野郎の、言葉に詰まりうなだれる肩を軽く叩く。

「アリア、アイツ自身が選んだ未来だろうが。俺達もそれに関して同意した。…今更どうこう考えて何になる」

「君は…相変わらずだね。僕は未だに…鋭い針を何度も飲み込んでるような気持ちに陥るよ
…僕はもう“間違えない”と決めた。だから、“彼女”には、アリアのような選択肢すらもう突き付けたりはしない」

「どっちにしろ、タイムリミットがあるっつう事かよ…」

「そのリミットを伸ばす方法を、あの頃の僕はずっと探していた。君に投与した“欠片”は、その模索段階の途中のモノで、

“彼女”に何かあった時は君に投与した欠片よりも、より彼女に適用するであろうモノを用意するつもりだ」

「…おいおい、そりゃ職権乱用っつうレベルじゃ無いだろうが」

「…そうだね。でも、元々僕は、“そうゆう目的”の為にこの研究を続けてきたんだ。

…この細胞は少しでも人々の悲しみを取り除く。そんな役割を担わせる為に」









◇◇◇◇◇










「あ、ソルさん、お帰りなさい!」

慣れた手付きでロックを解除し、自室の扉を開ける。
用心には越した事は無いと、扉は常にロックをかけておけと言付けをしてある。

内履きのスリッパでパタパタと軽く駆けてくる『婚約者』は、赤いタイトニットワンピースの上に白いフリルのついたエプロンを身につけ、

「お仕事お疲れ様です!今丁度晩御飯の支度が終わった所ですよ!」と笑顔で出迎えてくれた。

「…わざわざ作ったのかよ、というかだ、そいつは人が食えるモンなのか?」

確かに何かしらのスパイスやらの良い香りが部屋中に漂っている。匂いからして、所謂ゲテモノの類では無いと理解しつつも、

つい己の癖で悪態をついてしまう。それを理解してるのかは解らないが、嫌な顔せず素直に返事をする目の前の存在に、

よく今まで裏の世界で生きて来れたなと若干頭痛がしてくるが、そんな事は今更だと過った思考をスルーした。

「あっ!その表情は疑ってますね!? そりゃあ…ディズィーさんの作ったご飯や、

ソルさんが頼んでる高級デリバリーよりは劣るとは思いますが、

ソルさんもご存知な通り、何せ今までお金の節約で自炊して生きて来た身なので、多分大丈夫とは思いますけど…」

「ったく…テメェは真に受け過ぎだ。…俺は食えりゃ何でも良い質だしな、そんな奴に用意するのは面倒だろうって話だ。
ディズィー、アイツは趣味が入ってやがるからな。比べるのは論外だろ」

「という事は…ソルさんは普段はどんな食生活していたんですか!? 冷蔵庫にお酒類しか入ってないのって…!」

「専ら外で食って来ちまうからな、食材なんぞ買った所で腐らすだけだろ」

「それなら尚の事私の作ったご飯お勧めします!…って、舌が合うかは判りませんけど…」





◇◇◇◇◇





エルフェルトに背中を押され、座ってて下さいね?とダイニングテーブルに座らされる。

綺麗に並べられたフォークとナイフ、何処に閉まっていたのか記憶に無いテーブルクロスとビール用のグラス。
大皿と鍋を抱えてフラフラと用心しながら歩いてくる姿に見かね、

大皿の方を無言で取り上げれば、あ、ありがとうございます!と此方に笑顔を向けた。

取り上げた大皿には、山盛りのグリーンサラダにチキンレッグウイング。大皿の上にはシーザードレッシングとチリソースが添えてある。
エルフェルトが鍋ごと抱えて持ってきていたのは、チリスープ。

トマトベースにセロリ、キャロット、ペコロスなどを細かく刻み炒めた後ビーンズ各種と共に煮込み、

チリペッパーで味を仕上げるテキサス発祥の定番の家庭料理だ。

「あともう少しでマカロニ&チーズと、あ!あと、サンドイッチも作ったので、これ運んで貰ってもいいですか?」

渡されたサンドイッチは、所謂サブマリンサンドイッチ。

細長いパンにたっぷりの生野菜や生ハム、シュリンプ、ローストビーフや、ローストチキンなどを挟んで食べる。

これ専門のチェーン店なども展開されていて、最近はアメリカ全土の何処でも食べられている。

「おい、よくこんな大量に面倒臭い料理作ったな…」

「え?そうですか?ディズィーさんが前に作って下さった、欧州各国のお料理の方がもっと大変ですよ?」

ディズィーさんのご飯…美味しかったなぁ…などとうっとりしているエルフェルトに、

「だから言っただろうが。ありゃ単なるアイツの道楽だ」
そう肩をすくめれば、今度レシピ教えて貰いますね!!と目の前の婚約者は目を輝かせて息巻いている。

「いや、それは勘弁してくれ、堅苦しいのは面倒だ」

「え?ソルさんは苦手なんですか?」

「言っただろ、俺は食えれば何でも良い。だったら手軽にさっさと食えるもんの方が楽だ」

「ソルさん…もしかしてずっと、ハンバーガーとかホットドッグとか、デリバリーのピザとかで済ませてませんか!?」

真剣な眼差しで見つめてくるエルフェルトに、今まではそれで身体に害なんぞ無かったと語れば、
「それらがお手軽で美味しいのはわかりますけど、お野菜食べないと、流石のソルさんでも身体が保ちませんっ!!」
そう息巻いて、俺を料理が運ばれたダイニングテーブルに座らせ、自身も向かいの席に座り、

さあどうぞ!とばかりに此方に笑顔を向けてくる。

「ったく…」

少しばかり面倒だなと思いつつも、チキンレッグを手に取り、ソースをディップした後かぶりつく。
市販のチリソースとは違う明らかに作ったらしき味に、少しばかり驚きエルフェルトの顔を見やれば、

何やら期待と不安の綯い交ぜの表情に、思わず吹いてしまった。

「な、何で笑うんですかっ!」

「テメェが今どんな顔してんのか、鏡で見てから言いやがれ」

「だって!?美味しいかなぁ?とか、味大丈夫なのかな???って気になるじゃないですかぁ!!!」

「お前も食えば判るだろ、それが答えだぜ」

「……うー、もう!…そしたら頂きますっ!」

挨拶をきっちりした後、ヤケクソ気味に俺が先に手をつけたチキンウイングを手に取りソースをつけ、

そのままかぶりつくエルフェルトを、自身も食事しつつもつい見入ってしまう。
前にディズィー達と食事をした際も思ったが、黙々と集中して目の前の食事を美味そうに食べているコイツの姿は、

…割と、“ソソる”モノがある。

「やっぱり、チキンウイングはチリソースが一番だよなぁ…!」などと恍惚とした表情で独り言を言いながら綺麗に食べきり、

直ぐ様サンドイッチに手を伸ばすエルフェルトと目がかち合った。

「…あ、あの…?お口に合いませんでした?」

「そう見えるのか?」

「い、いえ…、結構食進んでますし、そんな風には…、というか、ソルさん、いつの間にか結構な量お召し上がりになられてますね!?
先程、食事は何でも良いって言ってたから、てっきりそんなに食べないものかと…」

「“味は何でもいい”とは言ったが、“食わない”とは言ってないだろうが。

…単に燃費が悪いだけだ。食材にこだわっちまったら、唯でさえ酒代でかさむエンゲル計数が跳ね上がっちまう」

「あー、確かにそうかも…。でも、それなら尚の事沢山作っといて良かった!

好き嫌いとかあるかもって、色々用意してたのが功を奏しましたね!もし他に好き嫌いとかありましたら教えて下さい!」

「好き嫌いは特に無いな、…強いて言えば、もっと肉が欲しいって所か」

「わかりました!お肉増し増しですね!味はこんな感じで大丈夫ですか?辛いの苦手とか、酸っぱいのが苦手とか…」

「いや、寧ろコレでいい。…久しぶりに質の良いもんガッツリ食わして貰ったぜ」

自家製のローストビーフが挟まったサブマリンサンドイッチにかぶりつきながら、

エルフェルト、お前特技あるんじゃねぇか。と思わず呟いてしまった。

「いえいえ、特技って程では…! 私、食べる事が大好きで、出来合いのモノとか外食とかだと、直ぐお金がかさんでしまって…、

出来れば美味しいモノをお腹一杯食べたいですし…だったら自分で作っちゃおうって。
でも、初めの内は全く上手に出来なかったんですよ。料理は独り立ちしてからの独学なんです」

俺の言葉に照れつつも嬉しそうに説明しているエルフェルトに、「だろうな」と相槌を打った。

「わかるんですか?」

「アリアは料理なんぞ一切出来なかったからな。もし、“テメェら”が生まれ育った研究所で料理のノウハウを教えているなら、

クローンの元であるアリアにも教育を施してる筈だ。違うか?」

「いえ、違いません。…本当は研究所でお料理教えて欲しかったです。初めの頃は本当に四苦八苦して…怪我とかばっかりでしたし…
お料理だけじゃなくて、お裁縫とか、家事とか…、未だに苦手ですし、教えてくれてたらなぁとか…」

「十分出来るように見えたけどな」

「え?」

「独り暮らししてただろうが」

「それはそうですけど…でも、これからの生活の事考えると…」

「それの事か。料理は兎も角だ、他の掃除、家事諸々は、俺は外注に頼むから気にしなくて良い。自分らでする時間が勿体無いしな。
今まで外食一辺倒で、キッチン周りの設備なんぞ気にした事無かったが、お前が望むなら何でもつけてやる」

「え!?いえいえそんなっ!?…でも、お料理だけだと、私の時間余っちゃいますよ…?
働きに行けたら良いですが、私のお金になりそうな特技って…今までのお仕事くらいしか…」

「今のお前がやるべき事なんぞ一つだろうが。
四の五の言わずに勉強しろ。基礎教育を学ぶ為にミドルスクール、ハイスクールの卒業資格は最低限取りやがれ。
安心しろ。学費なんぞバンバン出してやる。テメェの口から自身を蔑む言葉が発せられなくなるっつうだけ、

卒業資格を取る価値は十分にある」

「でもっ、今更…!」

「この国は自由国家だ。何時何処で学業を学ぶなんぞ自由だぜ。テメェみたく、幼少に学ぶ機会を奪われた奴らなんぞ、

表沙汰にはなってねぇがこの国には履いて棄てる程居やがる。金さえ詰めば間口が開けるモンに何を躊躇う必要がある」

「で、でも、私っ!勉強について行けるかどうか…!」

「何だ、そんな事かよ。…安心しろ。俺は博士号持ちだが、

其処に至るまでに幾度卒業資格やら単位やらを効率良く稼ぐ為のノウハウを伝授してやる。

…覚悟しろ、俺の講義はスパルタで有名だからな」

「…えええええええ!?!?」

…俺からのたたみかけに、エルフェルトの叫び声がダイニングに響き渡ったのだった。





◇◇◇◇◇






「その…具体的にはいつからハイスクールに通う事になりますかね…?」

食べ終わった食器をキッチンに備え付けられていた食洗機にセットし、キッチン周りの掃除をしながら、

テーブルの上にて、法力の端末を出して仕事をし出すソルさんに伺ってみると、

「生憎だが、成人した奴を州がスクールに通わせて貰えるかは州事の法律を調べてみないと解らないが、

今のご時世、法力通信による通信教育制度があるだろ。外人にも間口が開けてる制度だ。

申請したら通るだろ、通っちまえば、要は単位さえ取れば卒業出来るしな」

だがもう暫くは、俺の職場で健康診断受けて貰う事になるから、まだまだ先の話だろう。と言われて、

ちょっとホッとしたというかガッカリしたというか。

「健康診断…ですか?前に色々調べて貰ったのとはまた別のモノですか?」

「アレも健康診断っちゃあ、健康診断だがな。
エルフェルト、前にも説明したが、お前の身体は何時爆発するかわからねえ地雷持ちだ…

用心に用心を重ねて丁度良い位だろう」

「それは…私がクローンだから、ですよね?」

おずおずと質問をすれば、ソルさんはどこか遠くを見つめるように優しく笑った。

「俺はもう、若くして“妻”に先立たれるのだけは真っ平だ。いいか、キチンと歳を取れ。死因は老衰にしろ。只それだけだぜ。」

「もう、女性にそれを言うのは酷ですよ…何時までも好きな人の前では若くて綺麗で居たいのに…」

そう呟きつつも、ソルさんに近付けば、
座っていた席から立ち上がり、私の方に視線を向けてくれた。

私は躊躇う事なく貴方に近付き抱き締める。
貴方も私を迎えて、抱き締めてくれた。

私達の生活は、始まったばかりだ。

 

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