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渇望し、男は乙女の夢を観る。

R-18

『…何だ…?』

だだっ広い何かしらの亜空間に、己が一人佇んでいる。

その場所は、前に己らが脚を運んだ"バックヤード"に類似していたが、

あの場所は“化け物(バケモン)”である己でさえも、存在を維持させるには相当の精神力を要した筈だ。

此処は明らかにおかしい。

自身の現在の格好は、自ら好んで身に付けている某ブランドの赤皮ジャケット、白ジーンズ。赤皮のスニーカー。

動きやすいように、靴底を中抜きしている特注品だ。

先程仕事から終わり、此らの衣服を脱ぎ最低限の肌着のみで、英国の片田舎ホテルのベッドに潜り込んだ筈だった。

今日も何も収穫なんぞありゃしねぇ。
未だに"アイツ"の存在の影すら掴める訳もねぇ。
寧ろ、世界中で“アイツ”が婚活と表した飯事(ままごと)に騙されやがった野郎の情けない姿やら、

“アイツ”が大勢の野郎共を誑かし、即結婚をしない奴は容赦無く“斬り捨てやがった”事実を知っちまい、もれなく頭痛がしやがる。

宿に帰宅後、余計な思考なんぞ糞食らえと、俺はさっさと寝床に着いた…筈だった…。





◇◇◇◇◇




『…こいつは夢の中かよ…』

地平線どころか、霞一つ見えねぇ。

目が覚めるまで、此処に居りゃあいいだろ。
俺はその場にドカッとあぐらをかき、夢の中にまで手放さず何時の間にか“持って来ていた”ジャンクヤードドッグを手を取り、

簡易な機能のチェックをし始める。

暫くその作業に没頭し一息ついた時、収めた遠くの陽炎のような何かしらの存在を目にし、其方に視線を向けた。



『ソルさん…!』

微かに聞き覚えのある声がした。俺はその場から立ち上がり訝しげに声の元に近づいていく。
尚の事、その声色は近くなっていった。

『こっちです…!』

この声色は確実に"アイツ"のもんで、俺は咄嗟に“奴”の名を叫び、天を仰ぐ。
空に微かに煌めくモンが降って来やがった。俺は予感がし、その降り注ぐ元に立ち止まる。
空間が揺らめき、此方に形作られる存在が、大きく両腕を開いた。


「ソルさんっ!!!」

ゆっくりと降りて来やがる目の前の存在に、俺は無意識に此方から手を伸ばす。
“アイツ”が、俺の肩にそっと手を触れ、首筋に両腕を絡み付け、抱き着いてくる…。
仄かに甘い香りが鼻孔を擽(くすぐ)った。

「…ソルさん…っ、貴方に会いたかった……」

何時もの己なら、違和感を感じる筈の目の前の“コイツの行動や言動”に違和感なんぞ感じる事も無く、
“まるでそれが当然の如く”
俺は、“エルフェルト”を引き寄せ、此方から抱き締め返していた…。





◇◇◇◇◇





目の前の存在が…俺の頬、唇に触れ、その細く柔い指先でそっと撫でさすっていく。
その表情は、如何にもな女の欲が見え隠れしている。
そんな事など“何も知らねえ態(てい)”を装う餓鬼だとタカを括っていた奴からの視線に当てられ、俺は思わず己の下半身が熱くなる。

「…テメェ…いつの間に…」

“そんな事覚えやがった?”
俺の中の“コイツ”のイメージが、目の前の女の醜態でどんどん上書きされてっちまう…

「…こんな端無い(はしたない)私はお嫌いですか…?」

「…いや、驚いただけだ。…嫌いじゃあねぇ…」

思わず無意識に本音が漏れる。自身の発言に驚いていると、
俺の言葉に心底喜んだ“エルフェルト”が、俺の顔をもう一度真っ直ぐ覗き込んできやがった。
その表情は、まさしく欲を纏った女の表情そのもので。

「…よかった!…でも…私がこうなっちゃうのは…ソルさん、貴方の前だけですからね?…皆には内緒ですよ?」

そう一言告げたあと、エルフェルトは俺の頬にそっと口付けを落とした後…人差し指を自身の唇に当て、ニコリと嗤った。

「…ったく…頬にだけか?生殺しじゃねぇか…」

あえてからかうように告げれば、頬と耳を赤く染め、

「だ、だってっ…それこそ、乙女から殿方の唇に口付けたら…貴方に端無いって思われちゃうじゃないですか!

…だから、頬だけで勘弁して下さいっ…」

シーブルーの瞳に涙を浮かべ、頬を蒸気させながら視線を合わせたかと思いきや、羞恥心からか視線を逸らされ、

思わず此方から奴の視線を合わせた。
動揺してるのか眼に微かに涙を浮かべ、「み、見ちゃダメです…」と、か細く呟く“コイツ”に、己の思考回路は追い詰められ、
俺は思わず“奴”の顎を掴み、此方から欲望のありのままを目の前の女に注ぎ込むように口付けを施した。
初めは驚きたじろぐも、俺が唇を離そうとする瞬間に、“コイツ”から舌を差し出されて、俺は思わず其れに喰らい付いてしまう。

唇や頬、抱き締めている身体の触れている何もかもが柔く、まるで性行為を渇望し飢えた餓鬼のように貪り、

離れがたい感覚に陥ってきやがる…。

…クソっ、"シてぇ…"
今すぐ此処で押し倒し、“コイツ”の中に…俺の…

そう脳内に過った瞬間、一気に場面が変化し、イリュリア城の自身のあてがわれた部屋で、

バスローブ一枚だけ羽織った“コイツ”を、自身の部屋のベッドの上に押し倒していた…。


「…おい!?どうゆう…!?」

「可笑しなソルさん…。貴方が私と"シたい"って思ってくれたからじゃないですか…!」

そう言いつつ、クスクス笑うエルフェルトに
まるで狐に摘ままれたが如く固まってしまう。

「それとも、何か悪い夢でも見ちゃいましたか?
大丈夫ですよ…。"此処"には貴方を苦しめるモノは何一つ無いんです。
…ほら、“私は此処に居ます”し、私の身体、とても温かいですから…」

徐(おもむろ)に“エルフェルト”が俺の腕を掴み、自身の乳房に俺の手を引き寄せる。
唐突さと余りの柔らかさ、先端部の突起が既に固く、俺を見つめる“コイツ”の視線が既に蒸気して仄かに潤み、

頬は赤く染まり、一目見て興奮していると理解出来ちまう…

「…私の“初めて”…貰って下さいますか…?」

エルフェルト自ら纏ったバスローブを脱いだ後、素肌のまま俺にしがみ付き、真っ直ぐ視線を此方に向けてきやがる…。
自身の陰茎が己の理性とは関係なく反応し、今にもバキバキにそそり立っているのが解り、得体の知れない状況下にも関わらず、

思考回路が回らなく、為す術も無く状況に流されちまっていた。

「…っ、ま、待て…ッ、エルフェルトっ!」

「私…初めてですし…ソルさんを悦ばせれるか判らないですが…宜しくお願いしますね?」

目の前の女がひたすら良い香を撒き散らし俺の頬に手を添える。
奴からの拙い口付けに、思わず奴の指先を掴み、指を絡め、ベッドに押し付ける。
俺の理性は崩壊し、そのまま無し崩しに目の前の女を蹂躙し、幾度となく貪っていった…。





◇◇◇◇◇





目が覚めた後、思わず汗で張り付き乱れた髪を何度もかきむしった。

下半身に違和感を感じシーツを捲れば、自身が寝る前に履いていたボクサーパンツが

あからさまに自身の欲望にまみれている様を垣間見、思わず舌打ちをしてしまう。

下着や肌着を全て脱ぎ捨て、そのままアメニティルームを通り抜けシャワー室に向かい、蛇口を捻る。
冷たい水を頭から被り、俺は暫く微動だにしなかった。

…あの夢はなんだったんだ…。

途中で何かが可笑しいと気付いた所で贖えなく、そのまま夢の中でエルフェルトをまるで蹂躙するかの如く犯し続け、

何度も自身の欲望を奴の中に吐き出した。

現実感強いと言えど、所詮夢だ。不完全燃焼を起こした身体で内容を思い返せば容易に身体はムラムラと欲を焚き付けられる。
シャワーを強め頭を必死に冷やすが、“アイツ”の醜態が脳内に焼き付いて離れない。
自然と自身の滾る分身を手に取り、自慰行為に没頭し始める。


「っ…、は、……ッ………"エルフェルト"…ッ」


無意識に上り詰めた快感を吐き出す手段として、脳裏に浮かんだ光景は、昨晩の夢の中での奴の姿で、
こんなもんを見るまでは、こんな感情を"エルフェルト"に向けた事なんぞ一度も無かった筈だ。


「………、ッ…糞がっ…」

自身の欲望を吐き出した後…頭痛が起こり、その場で自身の額に手を当て頭を抱え込んだ後やりきれず、

思わず壁を思い切り殴り、舌打ちをする。
シャワーを止め、アメニティルームの鏡に映る自身の姿に自問自答をし、

肯定なんぞするかと鏡に写る自身の姿を睨み付けた。









◇◇◇◇◇



それから…幾日も時を経てて、慈悲無き啓示に連れ去られた“アイツ”の痕跡を追う度、

夜な夜な俺の夢に“アイツ”が都合良く現れては、俺をけしかけ、誑かし、誘いやがった。

夢の中で“アイツ”の胸倉を掴み、“テメェ”いい加減にしやがれと凄むも、

俺の意志とは無関係に己の身体は勝手に目の前の女を押し倒し、蹂躙し、強制的に感じる快感に意識が持って行かれる。

“コイツ”は“エルフェルト”じゃねぇ!
“エルフェルト”の皮を被りやがった“他の何か”だ…!!

目を覚ます度、己に幾度と無く言い聞かすも、精神のみにダイレクトに伝わる快感に晒されるも、

肉体的な快感なんぞ与えられる筈が無い己の身体が、夢精によって強制的に意識を起こされ、

中途半端に排出された欲望がより欲求不満を増幅させてしまう。
“アイツ”の夢を見始めた日から毎朝、自慰行為を欠かす事無く行なわなければならねえ身体に成り下がっちまったって訳だ。

今までヘットギアで抑制していたギアとしての本能、飢餓感が、“悪夢”を見る度増幅されている感覚に、思わず身体が震えやがる…。
こんな悪趣味をけしかけて来やがる奴なんぞ、野郎(慈悲無き啓示)しか居やがらねぇだろ…。

上等じゃねぇか…。

テメェが何を企んでやがるかなんぞ興味無いがな、
テメェの思い通りになんぞさせるかよ。


俺は…諦める事無く一向に掴めないエルフェルトの行方を探し続ける。

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