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無知な慈愛は

少女を哀しみに突き落とす。

ソルさんの後を慌てて着いていき、辿りついた場所は、先程私が捕まったバー近くの、ちょっと奥まった裏路地のベンチだった。
目の前でうなだれたようにうつむく男の子は、ソルさんと私の足音に、ゆっくりと顔を上げる。

私は…思わず…口を塞いでしまった…。

口角から吐血した血の跡が乾いて黒くなり、その顔色は青白い。
手足は添え木をしていて、全く動ける気配は無くて。
私の顔を見たルイ君は、自分の身体の状況などもはや気に留めて無い程に笑顔を向けてくれた。

良かった…。と呟いたルイ君に、私は近付いて、彼の身体の負担にならないようにそっと抱き締める……。

最後に貴女に会えて良かったと呟いたルイ君の、
指先は氷のように冷たかった。
思わず息を呑んだ自分の呼吸は、あからさまに引きつって、
何も発せれない。

彼の命の灯火が薄くなっていく予感を感じながら、信じたくない、嫌々と首を微かに振る事しか出来なくて。
私の瞳から溢れ出る涙を、
泣かないで…。と青紫色に染まった唇で呟くルイ君は、
そっと私の頬に掌を当てて、
その親指で涙を拭ってくれた…。

「…きっと……向こうの…両親に、伝えるから……。貴女のこ…と………守れ…っ………、……。」



その瞬間……

力が抜けた冷たい身体を思い切り抱き竦めて


私は、大声で泣き叫んでいた。

















◆◆◆◆◆











その後の事は余り記憶に残らなかった…。

ソルさんが村外れの荒野で、ルイ君の遺体にそっと火を放つ。

メラメラと湧き上がる炎を見つめているソルさんの表情は、なにか苦虫を噛む潰したような、そんな顔をしているな……。
私は意識を朦朧としながら、そんな事を思っていた。







何気ない太い木の枝をクロスに組んでロープで縛り、穴を掘る…。
その中に、“ルイ君だったもの”をソルさんはそっと投げ入れた。

もう、涙すら流せなくなり、身体に力が入らない私は、その光景をぼーっと見つめている事しか出来ない。

空は満天の星の海だった…。











◆◆◆◆◆













ソルさんに無言で運ばれて、
拠点にしていた場所の薪の前に降ろされる。

その際、顔を掴まれて、軽く頬を叩かれた。

軽くと言ってもソルさんからのそれだ。十分痛くて、私は、何するんですか……。と言葉を漏らす。


「…だから言っただろうが…。テメェが地獄を見ると。」


凄く不機嫌そうな声。

その言葉に、またあの喪失感や自己嫌悪が蘇ってきて、私は思わずソルさんの手を振り払って思い切り身体を反らし、

自分の両肩を両手でぎゅっと抱きしめた。

身体がガタガタと震えている…。


「わ…私のせいで、…私が…馬鹿なせいで……ルイ君、ルイ君は…っ」


「…あのガキは少なからず、エルフェルト、お前が気にかけようがかけまいが、何処かで野垂れ死んでただろうよ…。」

「…でもっ!此処で出遭った時は救えてたんです!暖かかった身体が…あんなにも冷たくなって…!!」

震えた唇でそう発した後に蘇るぬくもりを思い出して、私の瞳はまたとめどなく涙が溢れて止まらなくなる。

「…そもそもどうしてっ…!ソルさんはルイ君を助けてくれなかったんてすかっ!?
怪我した直後なら、まだ間に合ったかもしれないのに!!」

思わずソルさんのジャケットの襟に掴みかかって泣き喚く私に、

ソルさんは眼光鋭く、あのガキが俺にテメェの元に連れてけと訴えやがったからだと言い切る。

あのガキは一丁前に男だった。男の決意を無下になんか出来る訳がねぇだろ。と、ソルさんは、取り出したタバコに火を付ける。

「そんな…!どうして…」

その言葉に思わず力が抜けて、私は床にへたり込む。


「…、な…なんなんですかっ…!
そんな事…されて…私が…喜ぶとでも思うんですか…!?

…例え無様でも…生きてて…一緒に笑っててくれた方が…よっぽど…良いに決まってる…。
よっぽど嬉しいって…心から思うのにっ!!!」


私の、感情を吐き出す様に叫んだ想いに、ソルさんは背を向ける。

煙草の煙を風に乗せながら、
遠くを見つめているかのようだった…。

 

 

 

 

 

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