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夢通う。囚われた乙女は夢か現か。

 

「なあ、先生ぇ!なんとかならないのかよ!」

先生と呼ばれた、長い手足に白衣に身を包み背も高い中肉中背の男性…

そこまでは先生とよばれてなんらおかしくもないのだが、なにせその顔はすっぽりと紙袋で覆われている。

「皆さんの頼みとあらば、このファウスト、何かしらの協力は厭わないのですが…

なにせ、この症状は私の管轄外ですので…」

金髪青眼の青年、左目は眼帯で覆われているが、顔立ちが整っているからか、とても様になっている。


その青年が、ファウストと名乗った白衣の男に、「そこをなんとかならないのかよ!」と詰め寄るも、

白衣の男は「すみません」と申し訳なさそうに呟いた。

「…エルフェルトさん、ヴァレンタインである彼女は、慈悲なき啓示の娘だと先程仰ってましたよね?だとすれば、

私などではなく彼女を診察するのに適した人物が一人いらっしゃるのではないですか?
彼…、ギアメーカーは、この事態にかけつけてくれないですかね?複雑な気持ちを持たれるのも分かります。

かの私も、彼を身近で見るまでは半信半疑でしたから。
だが、エルフェルトさんを助けたいのならば至急彼に連絡を取るべきです。
そして割と手段を選んでられる程猶予もない事も皆さんの頭の片隅に置いて頂きたい。
彼を呼んだ後、私にも何かしらの手助けが必要ならば呼んで下さい。喜んでお手伝いさせてもらいますよ。
じゃ、それではこの場で失礼!」

イリュリア城の王族とその関係者しか入れないエリアである三階の、

現在ベッドに臥せっている少女が使用しているこの客間の窓を開け放ち、文字通り飛び去っていく白衣の男に、
部屋に居た全員、何も気に留める事無く、今起こっている重大な問題をどうするかと議論がはじまった。

 

「…くそっ、あのヤブ医者め、余計な事言いやがって…」

少し赤みがかった長い茶髪を、後ろにまとめた男。相当の体格の持ち主で、

服の上からもその完成された肉体が開幕見れる程がわかるようだ。


額に身につけた赤いヘッドギアには荒い文字で「Rockyou」と刻まれていた。眉間に皺を寄せていかにも不機嫌な男に、

先程の青年が質問をする。

「なあ…オヤジ?、ギアメーカーって誰だよ?」

「ああ!?テメェも会ってんだろ。フードかぶった辛気くせえ野郎だ」

「フードかぶった…?ああ、アイツか!確かにアイツなら、エルのわけわかんねぇ奇病もなんとかできるかもしんねえな!」

「…アイツに頼るのは止めろ」

「なんでだよ?じゃあ親父は、エルをなんとかするアイディアってやつ?思いついたのかよ!?」

「……………。おい、ジャック・オー、テメェはなんとか出来ねぇのか」

ジャック・オーと呼ばれた女性。切れ長の大きな瞳はギアの特徴である赤い瞳、表は真っ赤なビロードのようで、

その裏側にまばゆい金髪が広がっている。

白いオーバーオールは彼女の見事なプロポーションをまざまざと映し出していた。

「うんとね、私も先生と同じ見解かなあ?

エルフェルトはねぇ…きっと慈悲なき啓示の創っていたプログラミングの誤作動で今は眠っちゃってる状態なのー!
…いえ、…正しくは起きたくても起きられない状態ってとこかしら?
それをなんとか出来るとすれば、慈悲なき啓示とほぼ同じ手段で私を作ったギアメーカーだけ。

フレデリック、あなたが彼に任せたくない気持ちはわかるんだけどね」

「…ちっ、」

「…ふふ、また眉間に皺寄ってる。貴方の癖ね。

本当はファウスト先生か私がなんとか出来ればいいと思っていたのでしょうけど、
その当てが外れて、どうする?って考えてる最中ってところかしら?
…私は先生と見解は殆ど同じ。ギアメーカー、飛鳥くんの協力を仰ぐべきだと思うわ。

あなたが彼に頼るのが嫌な気持ちもわかるけど、これはエルが無事に助かる為の先端の近道、

効率性を最も重視するあなたなら、そう考えれば我慢しようって思えるんじゃない?」

そう語り、フレデリックと呼ばれた男の手を掴みニコリと笑いかける女性に、

男は「勝手にしろ」とつぶやき、不機嫌そうに部屋から出て行った。

「う~ん、…まあ、 今のは及第点ってところなのかな?」

溜息つきながら少女がそう呟くと、後ろから、金髪の青年がすっげぇ!と彼女に声をかけた。

「やっぱ、ジャック・オーはすっげぇな!オヤジを説得しちまった!」

「…説得というか、多分彼も他に道が無いのを理解して渋々了解したって感じね」

「ふーん、そうなのか。でも、やっぱ、ジャック・オーだからだと俺は思うぜ?他の奴が同じ事親父に言ったら、

もっと拗れてた気がすんだよなあ…。こう、ピリピリっつーか、なんつーか」

「それを言うなら…シン、あなたも凄いと思うわ。そんな彼の言葉を素直に引き出せてるもの」

「そうなのか?」

「そう。フレデリックは言葉が足りてないの。典型的な説明不足。それでよく人に誤解されたり、

行き違ったりしちゃうのよ。でも、私がこの世界に産まれてしばらくあなた達の側に居させて貰っていたんだけど、

彼が一人で居なかったんだと知れて、本当に嬉しかった。彼の言葉不足を粘り強く聞いてくれるカイくんが居た。

そんな彼を支えて、フレデリックの事をずっと気にかけていたディズィーも居た。
そしてあなた、シンが生まれた。あなたの存在は、彼にとって何者にも変え難いんだと思う。

……ありがとう。って私が言っても仕方がない事はわかってるんだけどね」

「ああ、そうだよ。それはオヤジが皆に対して言うべき言葉だって思うぜ?でも俺も、

めっちゃくちゃオヤジには感謝してるんだ。

…こう言う時は“お互い様だ”って母さんが言ってた。だから、本当その通りだなって」

「ディズィーは良いお母さんなのね」

「ああ!母さんは俺にとって世界一の母さんなんだ!」

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

「そうか…ファウスト、彼が僕にそう言っていたんだね…」

事情を聞いたギアメーカーと呼ばれている白いフードを深々とかぶった男…助け出す理由や意味も誰にも告げないまま、

今はエルフェルトと呼ばれた少女が寝込んでいるベッドの横に立ち、彼女の身体の上に、何重もの法力陣を操り、

彼女の状態を診ているようだった。

「確かにコレは…事を急ぐ事になりそうだね。アリア…君の見立てのとおり、

慈悲なき啓示がエルフェルトに施したシステムの暴走が彼女の中で起こっているようだ」

「エルの中って…どうゆう事だよ」

シンと呼ばれた金髪碧眼で片目を眼帯で塞いでいる青年に、ギアメーカーと呼ばれた男が端的に説明していく。

「彼女の中…正しくは、彼女の思考の内部。もっとわかりやすく言えば、そうだな…

君たちが睡眠中に見る夢の世界といえば、わかりやすいかもしれないね。
夢の世界はバックヤードとも続いている。思考のみで構成された、何かを起こそう
と思えばなんでも起こってしまう。

ある意味危険な世界でもある。

そんな彼女の夢の世界で、深刻なシステムエラーが発生している。
誰かがそれを取り除き、システムエラーに晒されているエルフェルトの思考を救い
出さなければならない。
僕の法力陣で彼女の思考の世界に人を入れる事が出来るのだけど、入れられる
のはたった一人だけ、
本当は誰が彼女の中に入るのかの検討を君たちに託したい気持ちがあるのだけ
れど、そうも言ってられない。

今回は僕から指定させて貰いたい。フレデリック、君に…」

「待って!…私が、エルを助けに行きたい!」

ギアメーカーに訴えた少女、褐色の肌と銀髪の髪、惹き込まれる金の瞳を真っ直ぐと見据え訴える少女に、

ギアメーカーは、すまない…と呟いた。

「心情的には、姉である君がエルフェルトを助け出したいという気持ちを組んで上げれればと思う。

…けど、君では力不足だ。夢の世界はバックヤードと似ている。ヴァレンタインである君には、

バックヤードでの適性は確かに有る。けれども、エルフェルトのシステムエラーを対象する法力学に相当長けている者、

尚且つ、破壊するか修正するか、瞬時に判断する知識と判断力が必要になってくるんだ。
そしてその強固なシステムを破壊できる戦闘力も必要になってくる。この場でそれに全て当てはまるのは、

フレデリック、君しか居ないと僕は思っている。」

フードをかぶった青年の端的かつ理論的な説明は、ある意味容赦なく目の前の少女に降り掛かってるように見えた。

「…そう…わかったよ。…私じゃあ、エルを助け出す事は難しいんだね。

でもっ、…大切な人を自ら助けに行けないのは、辛い事だね」

「…すまない…。」

「ううん…大丈夫だ。お前には…私を気遣う優しさというものが見えたから。

…寧ろ、私に言い難い事を伝えてくれてありがとう」

はにかみながら青年にありがとうと伝える少女に、目の前の青年は、少し切ないような…そんな笑みを浮かべていた。
少女は、青年のその表情の意味に少しだけ、首をかしげつつも、もう一度自身に納
得させるべく、言葉を紡いでいく。


「…私はここでエルを待つ事にする。…ソルを信じる。

エルにとっての「違う」はソルだ。エルはきっとお前を信じてる。だから、私もお前を信じる。

だから…ソル…、…エルを…お願い…」

「ラム…」

少女の悲痛な訴えに、近くに居た眼帯の青年も思わず口ごもる。
少女に訴えられた男は、少女の気持ちを軽くする為なのだろう、あえて軽い口調で
言葉を発した。

「ラムレザル、お前はシンと共にエルフェルトの帰りを見届けてやれ、一週間ほど寝こけてやがるコイツの事だ、
起きた途端、“お腹空きましたぁ!今日の晩御飯何ですか!?”とか何とか言い出
しやがるに違いねぇからな」

「オヤジ、わかった!俺とラムは目一杯超美味い食いもん用意してオヤジとエルが帰ってくんの待ってるからさ!」

「…シンは、全て先に食べてしまいそうだ…」

「…そ、そいつは否定できねえぜ…っ」

「もう、また作れば良いじゃない!」

「そ、そうだぜラム!ジャック・オーの言うとおりだっ!食いもんはいくらでもあるっ!」

「エルの“好物”はシンからは絶対死守する」

少女と青年が、ああでもないこうでもないと言い合ってるさなか、ジャック・オーと呼ばれた

女性が、男に声をかける。

「あ、ちょっと待ってフレデリック」

「…なんだ?」

「…本当は、私もバックヤードなら役に立てると思ってあなたと一緒に行きたかったんだけど、

定員がお一人様だから、此処で待つ事にするわ。
エルをお願い。エルに直接被害を被るエラーではない事を信じたいけど、もし、思
考の世界のエルが傷ついたら、

現実のエルも傷ついてしまうから。…だから、あなたは、エルを守ってあげて」

男は了解とばかりに、初めは目の前の女性の頭に掌を置き、男の肩の方に身体を引き寄せ軽く抱き締めた。
次にラムレザルと呼ばれた少女の頭の上にポンポンと掌を何度も置く仕草をする。
その光景を見ていたシンと呼ばれた青年が、満面の笑みで彼に拳をつき出せば、

男も青年に答えるように握り拳を突き出し、青年の拳と重ねあう。

その一連の流れを終えた男は、ベッドで眠り込むエルフェルトと呼ばれた少女の前に足を運んだ。

少女に近付くようにしゃがみ込み、頬にその大きな掌を置いた後、
ラムレザルと呼ばれた少女より、若干薄桃色がかった銀髪に撫でるように指を通す
立ち上がった後、その男は、

ギアメーカーのもとに足運び、その鋭い視線を向けた

 

 

 

 

 

◇◇◇◇◇

 

 

 


「どうやら、決まったようだね…」

深くフードをかぶった男の表情は垣間見れない。だが、微笑んでいるように見える。


近づいた男は、テメェがなんで、今回エルフェルトを助ける事を承諾した理由なんぞは後回しだ。と機嫌悪く言い放ち、
さっさとしやがれ。とギアメーカーと呼ばれた男を促した。

やれやれ、君は相変わらずだね。と楽しそうにつぶやき、手早く法力陣を何個も瞬時に出し、

それらを全て男の足元に出現させる。

「この法力は、エルフェルトの思考の世界に君の思考を運ぶ。

その最中、君の肉体は現実世界で、君が戻ってくるまで丁重に預かっておくよ。

思考の世界では、勝手が違うだろうけど、すぐ慣れると思う。

問題はエルフェルトのシステムエラーがどのような原因で成り立ってるかっていう事。

まず君は、思考世界にさまよってるエルフェルトの魂を見つけ出して欲しい。

れから、こっちに連絡できるのであれば、連絡を頼むよ」

「…一つ聞かせろ、エルフェルトを使ってジャック・オーをアリアに戻したがっていたテメェが、

何故エルフェルトを助ける事を承諾しやがった!?
このままほっとけば、否が応でもエルフェルトの思考はジャック・オーに戻り、

完全なアリアとして復活していただろうが」

「…君は、それを望んでいたのかい…?」

「…んなわけねぇだろ、このクソボケがっ!そんなもん、此処の奴等誰も望んでなんかいねぇよ!“アリア”本人ですらだ!」

「今更信じて貰えるわけじゃ無いのは承知だけど、僕も…エルフェルト、彼女には助かってほしいと思っているよ。
…彼女には借りがあるんだ。その借りを今回返しに来ただけだよ。フレデリック。」

「全て終わったら、その借りって奴をテメェの口から一つ残らず吐き出させてやるから覚悟しろっ!!!」

「…わかった、待っているよ。…では、行っといで」

 

 

 

 

 

 


◇◇◇◇◇

 

 

 

 

ここは…?何処…?

行くども行くども真っ白な世界。

身体がふわふわして、さっきっからずっと歩いているのに全く身体は疲れて来ない

『ここは、夢の世界さ…』

前に一度だけ話をした、ベッドに乗った少年の言葉を思い出す。

夢の世界…

夢の世界って!!!?

嫌だなあ!だってこんなに現実感あるのに!?ほら頬つねってとっても…痛いし…

というかっ、夢の世界なら、私は何時まで寝てるつもりのっ!?


さっさと起きなさいエルフェルト!

あなたには、沢山やりたい事や知りたい事!会いたい人や、一番逢いたい人だって…、

一番、逢いたい人…。

 

ほんとはそんなつもり無かったのに、なぜか二人で出かける事になっちゃって、バイクの後ろに乗せてもらったりして、
一緒にご飯食べて、初めてお酒飲んだりして、楽しかったなあ…。

お酒の勢いに任せてって言っていいのかわからないけど、自分の想いを抑えきれなくなって、

必死に想いを伝えれたと思ったら…

…あ、あ、あんな…事に…なっちゃって…、

それからその後、しばらくご無沙汰だったから、…やっぱり私の事なんか意識してないって感じてやけくそになって、

彼じゃない人と食事だけのデートに行ってみたり…

それでも何も変わらなくて、つい思わず欲に駆られて行動しちゃったら……、

あっ、あんな…っ!?あんな…事にっ…ぃいいいい!!!!

って私っ!!ダメッ!!それ以上は思い出したら心臓っ!心臓が持たないっ!!!持たないからぁああ!!

顔を思い切りブンブンと横に振りまくり、熱くなった頬をひたすら両手で冷やすように包み込んだ。

少し遠くの方で、何かの爆発音がする。

私は慌てて、その音の方向に飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少し赤みががった後ろにまとめて膝裏まで伸びた茶髪、

赤いヘッドギアと握られたジャンクヤードドックを前に突き出し何やら火力をチャージしてるのはまさしく、
先程私が思い浮かべていた人で、私は思わず心臓が跳ね上がった。

その人…ソルさんは、私の姿を見るや、さがっていろ!と叫び、私は慌ててその場から離れる。

何も見えない場所に何でそんな事するのか疑問で、よく目を凝らしてみれば、まるでお母さんが私によく施していた
『絶対防壁フェリオン』のような透明な壁をソルさんを阻んでいるように見えた。

大きい爆発音が辺りを響き、慌ててしゃがみ込み耳を塞ぐ。

ソルさんは無事なの!?壁の方に顔を向ければ、いかにも不機嫌な顔で、


「正規の法式しか受け付けねぇのかよ…」とぶつぶつ言いながら、その大きな両手を壁につけて、

法力陣を描きはじめていた頃だった。

私は透明の壁越しのソルさんの前に立ち、その掲げた両手と自分の両手をそっと重ね合わせてみる。

 

二関節くらい大きさが違うな…

そんな事思いながら、ソルさんの作業を見守っていれば、ソルさんの方から声をかけられた。

「エルフェルト、腹は減ったりはしてねえのか?」

「…へっ!?…あ、あの、えっと…、どうやら此処だと、お腹がすくっていう概念がないみたいで、全然大丈夫です!

…ご心配ありがとうございます」

急に声をかけられて、声がどもってしまった。わ、私…変な受け答えになってたりしてないっ!?


そ、そもそもっ、私っ、何で…こう、無意識にソルさんの掌と重ねるように掌置いちゃったのっ!?とても恥ずかしくて、

ソルさんの顔見れないじゃないっ!!

あと、なんか私っ、ソルさんの中でお腹空いてるキャラにみたいになっちゃってるのは何でっ!?

あれなのっ!出逢ったばっかの時に毎日の晩御飯の内容を聞きまくってたのがいけなかったの?

あぁあ…私…私って馬鹿ぁああ…!!!

 

「ちっ、…このままじゃ拉致が明かねぇ…エルフェルト、この壁の対処の仕方、テメェの母親に聞いたりしたことはなかったのか?」

「あっ、は、はい!?、こ、この壁の事ですか?、この壁、ちょっと絶対防壁フェリオンと相似してますけど、
先程、私が通りたい!開けてって叩きまくってたら空いたりしたのがあったんで、

う考えたら絶対防壁フェリオンでは全く無いなって感じですかね…?」

「ギアメーカー…奴が言うにはだ、テメェの中で少し前からシステムエラーが起こり、

今は悪化してこの状態になったらしい。身に覚えは無いのか?」

「システムエラー、ですか…?あ、あの、えっと…ちょっと説明長くなりそうですが…

「構いはしねぇ。時間なんぞ此処じゃなんの概念ですらなさそうだしな。ゆるゆるやれ」

「はい、わかりました。…私達ヴァレンタインは、お母さんの命令で動いてるってお話、前にしましたよね?
ラムの方は、どうゆう仕組みなのか聞いて無いんでちょっとわからないんですが、私の場合は、

私の心の中に常にシステムボイスみたいのが流れて、

それは…私をお母さんの意図した方向に行動させる作用があったみたいなんです」

「システムボイス、だと?」

「はい、お店で流れるアナウンスみたいな感じですかね?それが私の心に流れてくるんですが、
私がお母さんの意図と違う行動を取った瞬間エラーを感じ、私の記憶を消したり、
時には記憶を差し替えたりとか、
それには…そんな役割があったみたいなんです。でも…」

「なんだ?」

「あ、いや、あのっ…、そのシステムボイスがですね、お母さんが亡くなった日から調子が悪くなっていたようで、


それでも、私自身はそんなに調子悪く無く過ごしていたんですけど、………とある事が何度も続いちゃったのがきっかけで、

そのシステムは今は完璧に壊れちゃいまして…。皆さんにはこうしてご迷惑を……」

「…とある事がきっかけだと?その言い方だと、テメェはきっちり覚えてやがるんだな。その原因、起こった日付も教えろ。」

「…だ、だっダメですっ!!は、恥ずかしくて、とてもじゃないけど言えませんっ!!!」

「御託はいいから言いやがれ!…それが、このうざってえ壁をどうにかする要因になるかもしれねぇんだぞっ!!!」

「…だ、だ、だってっ!…原因がっ………多分、…ソルさんと…その…初めて性行為をした日でっ…、

こっ…この前の山小屋の時に、トドメ刺しちゃったのか完全に聞こえなくなったんですもんっ!!!!」

 

言い放った後私は顔を伏せ、透明な壁に頭をゴンと一度だけぶつけ、そのままズルズルとしゃがみ込む。


両手で顔を伏せて私がうつむいてる最中も、構わず壁の突貫工事をしてるソルさんの気配を感じ取る。

私がさっきの言葉を放った瞬間、ソルさんは一度目を見開き、次の瞬間には額近くに冷や汗を浮かべながら、
眉間に指を持っていって、何やら考え込んでる様子だったから、とても声をかけれ
る状態ではなくて…

そんなこんなでしばらく時間が経った頃、今まで聞こえなかった音がして、私は思わず上を見上がれば、いつの間にか壁は取り払われて、
しゃがんだままの私の腕を引っ張り上げる、ソルさんの姿が目の前にあった。

「…う、わあぁああ!?」

変な声を上げてびっくりしてる私に、とりあえず落ち着けと一声かけてから、私の身体をヒョイと持ち上げた。

「こいつでだいぶ時間食われちまった、急ぐぞ」

そう呟くとソルさんは、自身の身体にターボをかけてダッシュし出すからか、

私は思わず視界の目の前にあったソルさんの首にぎゅっとしがみついてしまう。

む、無意識だったけどっ、無意識だったんだけどっ、こ、これは近すぎなのでは…っ!?

必死に掴んでる最中に、そんな事が頭によぎって恥ずかしくなり、自身の顔をソルさんから見えないように、

より一層ぎゅっと抱きつき顔を隠すように強くしがみついた。


「っ、…エルフェルト、テメェは、ここから出たら何がしたい」

「…わ、私…ですか…?えっと、あのですね…またこうやって皆さんにご迷惑や心

配かけちゃったので、何かお礼ができたらなあって」

「随分と漠然としてやがんだな」

「え?そうですか?えっと、出来れば、一人一人違うお礼にしようかなあって、なので、

皆さんにそれぞれどんなお礼がいいのかとかご本人に聞いて回ろうかなぁとか思ってまして…。
あっ!そうだっ、ソルさん!私に何かしてほしい事ってありますかっ!?わざわざこうして危険侵してここまで来て下さったので、

何かお礼ができたらなあと思うんですが…。
 

あっ!!でもソルさんは、お仕事の時にはお金貰わないと動かないって前にシンが言ってた気が…っ、
ごめんなさいっ…わ、私、そんなに持ち合わせ無くて…
金銭的な事は、なかなか難しいと思うんですが、その代わりっ、私のできる事ならな
んでもさせて頂きますから!」

「…言ったな。確かに俺は、テメェがシンから聞いた通りロハじゃ動かねぇが、この仕事の金は既に他の奴から貰ってる。
そんでもってだ、テメェがしてぇって思ってるお礼ってヤツはコレはまた別件だろうが
。…忘れてなけりゃ、考えといてやる」

「本当ですかっ!!ありがとうございますっ!…良かったぁ…なんとなくソルさんには断られるんじゃないかって思ってたんですよ!
…ってっ、いうかっ!!!?…わっ、…私を助け出す為のお金、
既にどなたかが支払ってくれてたんですかっ!?それは一体どなたなんですか!
?」

「…そいつはテメェには一切言えねぇ事だな」

「そんな…せめて、一言お礼くらい言いたかったのに…。でも…、私の代わりにお金を払ってくれる人がいるなんて…

こんな事ってあるんですね…。」

「テメェを助ける事に必要不可欠と感じればば、金支払う奴なんざ幾らでも出てくるだろうが。
…まあ、言える事があるとすればだ、ソイツはお前に礼とか金とかは一切求めてね
ぇな。テメェが元気で居ればそれで良いらしい」

「そ、そんな、神様みたいな人が居るんですかっ!?」

「…神かどうかは知らんが、物好きだとは思うがな…」

男はそう呟きながら、昨晩起きた、とある出来事を思い出していた。

◇◇◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

夜も深まる城の一角の住居区画、

その最奥に、イリュリア第一連王の居住区があり、その第一連王であるカイ=キスク、

その側に妻である木陰の君と呼ばれるディズィーが控え、
年代物のウイスキーのグラスを傾けながら、椅子に座る男の姿と、
その隣にはジャック・オーと呼ばれていた少女が椅子に座り、隣の男の様子を面白そうに眺めている。



「エルフェルトの件に、ギアメーカーを呼ぶつってたが…、奴の事だ、俺にエルフェルトの思考内に入れとでも言い出すだろうよ…。
その前にテメェらに確認事項だ。カイ、これは前にもテメェに言ったが、俺は賞金稼ぎだ。ロハでは一切動かねぇ」

「ソル…今回の件でもか。まあ…お前は、そう言い出しかねないとは思っていたが…。わかった、金なら私が用意し…」

「カイさん、待ってください。その事で、…ソルさん、あなたにお話があるんです。聞いてくださいますか?」

「ディズィー?君は一体…」



「ジャック・オーさん、いえ、“お母さん”から、ソルさん、あなたの過去やお母さんの過去、
あなたとお母さんとの馴れ初めや、そして、あなたとエルフェルトさんとの関係を全てお聞きしました」

「…なん、だと…!?」

「あれー?フレデリック、あなたが前にエルに粗相した時にカイ君とディズィーにはきっちり相談するって言って無かったっけ???
でも…ディズィーはそれ以前から何となく悟ってたみたい。
ディズィーは本当誰に似たのかしら?聡いし鋭いし、思考力も高くて予測からの仮説も立ててきて、
言わなくていいとこまで洗いざらい話しちゃった!フレデリック、ゴメンネー!」

苦笑いをひたすら浮かべる隣の少女と、動揺を隠せないソルと呼ばれていた男。
この状況に、はははと乾いた笑いを浮かべる事しか出来ない連王は、とりあえず自身の妻が何をどう感じ、

ソルに何を語るのかを耳を傾ける事にした。


「ジャック・オーさんがジャスティスと融合し、理論的には完全に“アリアお母さん”になりました。
でもお母さんは、昔の辛い記憶を引きずってジャック・オーさんの心の奥底に引きこもってしまい、未だに表に出て来れない状態…。
そしてジャック・オーさんとエルフェルトさんは、二人合わせて“アリアお母さん”なんだと言う事も、ジャック・オーさんから伺いました。
ジャック・オーさんは、ギアメーカーさんからジャスティスとの融合の成功の確率を上げる為に知識特化されて創られ、
逆にエルフェルトさんは、慈悲なき啓示の狙いの為に、

お母さんが…お父さ…いえ、ソルさんを想う恋する心のみを取り出され創られたっていう事も…、聞きました」



淡々と語る連王の妻であるディズィーの言葉に、一同固唾を飲み見守る。
ソルと呼ばれた男は、一見無表情を貫いているが、相当動揺しているように見える。

そんな折にも、ディズィーは言葉を語る為にその小さな口を開いて言葉を紡いだ。


「ソルさん、…お願いがあるんです。そのお金、私に支払わせて頂けませんか?」

「ディズィー!?」

「…お金なら、カイさんから頂いていたモノを少しづつ貯めたモノがあります。
そのお金でエルフェルトさんを助け出しては貰えませんか?
私にとってはジャック・オーさんと同じく、エルフェルトさんも“お母さん”なんです。
…確かに私より若い子をお母さんと呼ぶのは少し…というか、かなり抵抗はありますけど…、
それを言ったら、ジャック・オーさんだって、ラムレザルさんだって…そうですし…。

それに…ソルさんあなたは、本当は今すぐにでもエルフェルトさんの事を助け出しに行きたいのでしょう?
でもきっと、皆さんに“隠している”手前、そう高らかに公言する事が出来なかった。そうなんですよね?」


「…お、お、おいテメェ!?ジャック・オー!?何処までコイツに喋りやがったっ!?」

「…えーと、ほら、さっきも言ったけど…ほぼ全部?かなあ???」

「なんだとっ!?コイツがそれを知ってるっつう事は、カイにも筒抜けだろうがっ!?」

「ふっ…ソル、それは少し違うな。私はかつて警察機構だった時の癖で、お前の最近の動向が少し怪しく感じ、

ジャック・オーさんにカマをかけてみたら、見事当たりを引いてしまったんだ。
ディズィーはディズィーで独自に何かを察し、答えを導き出したのだろう。というかだっ、………そもそもこんな恐ろしい事を、

ディズィーがわざわざ私に言えるとでも思うのかっ!?

なあソル!!お前はディズィーの父親で、ディズィーはお前の娘なんだぞっ!!
…お前の…その…っ、なんだっ………ふっ、不貞を、妻がわざわざ私に告げられるとでも思うのかっ!?」 


「カイさん、私を気遣って下さっていたのですね?ありがとうございます。

…確かに初めは、複雑な…感情になったのは…確かなのですが…、正直、ホッとしたのもあったんです。
ソルさん、あなたはかつての私のように、生きる事も死ぬ事もままならず、その場限りで生きているように見えました。
かつて私は、あなたに殺されるものと思っていたんです。でもそうではなかった。私を殺さずに居てくれた事、とても感謝しています。
あなたが私を見つけ見逃してくれたからこそ、カイさんが私に気にかけて下さり、カイさんの奥さんになれた事。
そしてシンが生まれ、ギアの問題で私達が途方にくれていた時に、シンを預かってくださった事。
シンがあんなに真っ直ぐ育ったのは…あなたがきちんと愛情を持って育ててくれたからですよね?

でも最近のあなたは、私達から徐々に距離を置こうとしていた…。違いますか?
いつ自身の身がどうなるかわからない。きっとシンを育てあげたら、あなたは何処かに消えてしまうんじゃないかって…。

でも、ジャック・オーさんやエルフェルトさんによって、あなたは少しづつ変わってきてるように見えます。
ジャック・オーさんとのやり取りを見ていて、

かつてのお父さんとお母さんの会話のやり取りはこんな感じだったのかな?って思えたり…。
エルフェルトさんは、お母さんの若い頃によく似てるとジャック・オーさんから聞きました。

理由はなんでもいいんです。あなたが幸せであれば。私もカイさんもあなたの幸せな姿を見れたらそれでいい。
あなたの“大義名分”は私が受け持ちます。ですからお願いです。
今のご自身の気持ちに嘘をつかないで下さい。あなた自身の想いに正直でいて下さい」






◇◇◇◇◇






「あのっ…ソルさんっ!?、」

「っ!?なんだっ………!?急に耳元で叫ぶな、聞こえてるだろうが」

「…どうしたんですか?考え事ですか…?それともっ…わ、私が重くてお疲れですか…?、それなら、下ろしてくだされば…」

「…テメェは俺から降りたいのか?」

「えっ!?、そ、それはっ!?…そんな事私に聞かないでくださいよっ!!
そんな事私から言える訳無いのに…ソルさんは、ズルいですよ……」

「お前は変に気にし過ぎだ。テメェが思ってる程、周りはテメェの事を疎ましくなんざ思ってねえよ。…寧ろ…」

「寧ろ…?」

「…いや、なんでもねぇ。…ってか、んな事たぁ今はどうでもいいっ!…さっさと先に進むぞ。
今から飛ばす。振り落とされねぇように掴んでおきやがれっ!!!」

「えっ、キャッ!?…寧ろ…寧ろ…その後ってなんなんですかぁああぁあ!?!?」

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