DORAGON
DOES
HISUTMOST
TO HUNT
RABBITS
D
oragon
rabbits
&
R
「また…壁…ですね…?」
今、ペタペタと自分が触っている壁は視界には映らなく、まるで自分がパントマイムをしてるような錯覚に陥る。
オーバーセキュリティにも程があるだろ…
そう呟いて、両手に色違いの法力を発動させようとしたソルさんの目の前に、
ちょっとしたモニターが映し出され、
画像の乱れとノイズが激しいけれど、その人はそのモニターの中でしっかりと存在していた。
『やあ、お二人さん!お久しぶりっ♪元気にしてたかなっ!?皆大好き!聖王アリエルスだよっ!』
「お、お母さん…?」
私は思わず後退り、ソルさんは反射神経でそのモニターを全力で殴りかかるも、瞬時に消えて、また別の場所に移動し、
今度は私の目の前に映し出される。
『あー!エルフェルトぉ!元気だったー!いやー会いたかったよー!エルフェルトぉ!相変わらず可愛いねー!
もう食べちゃいたいくらい!なんつって!
あ、いやいや、お前を今すぐ食べちゃいたいのは寧ろそっちのお・と…』
ザーザーザー
そのモニターは、ソルさんのジャンクヤードドックから放たれた火力に燃やされ、ノイズ音だけが響いている。
「あの…ソルさん??」
「…今のは忘れろ。いいな」
「は、はい…?」
未だに燃え続けるモニターから離れ、ソルさんは壁を破る作業に取り掛かろうとしたら、
また新しいモニターが現れて、何事もなかったかのように、私のお母さんである“慈悲なる啓示”が笑顔で喋りはじめている。
『はあ…相変わらずせっかちだよねー。アイツの事どう思うエルフェルト?あははは顔真っ赤になって可愛いなあ!
でもでもっだめだよ?エルフェルト!
そんな顔アイツに見せたら即刻食べられちゃうから!男はオ・オ・カ・ミ!だぞっ!…あっ、ごっめーん!
ソル=バッドガイはもう既にエルフェルトを何度も美味しく頂いちゃってましたね!
わたしったらうっかり☆
むしゃむしゃむしゃむしゃごっくんっ!余す所無く骨の髄まで!
…じゃなきゃ、私がエルフェルトに仕掛けてた沢山の制御システムがこうも盛大に大破していないんだよねえ。』
「…どうゆう事だ!?」
『気になる~?気になっちゃうってやつ~?
まあ、良いでしょう!特別に教えてあげます!これは私の愛するエルフェルトの為です!』
「お、お母さんが…わ、私を愛する…?」
『ん~?エルフェルト、そこ信じられない?まあ、そうだよねぇ~。でもこれはホントの事!
自分がこの世から居なくなるって時に改めて気付く事ってあるよね?
私が唯一残せる生命だと思ったらさ。エルフェルトもラムレザルも、あぁ恋しいってなったの。
だから…死に際にさ、お前とラムレザルをソル=バッドガイに頼むって私言ったんだ。言ったんだけどさ?
お前の事イかせ過ぎて、逝かせかけちゃうとか、ほんとびっくりだよねぇ!ああ!ごめんね?エルフェルト!
ちょっとお前には刺激が強かったか」
お母さんが語る言葉の意味をなんとなく理解し、恥ずかし過ぎて困ったまま、ソルさんの方をチラッと見れば、
眉間を指で挟み、俯いて頭を痛そうにしている。
「っておい!そこの!ちゃんと聞いてんの!?お前の事だよソル=バッドガイ!
私が居なくなる想定をしてなかった私にもミスは当然ある。
だから今はその尻拭いをするべくエルフェルトの中に微かに残していた私の最後の思念を使おう。
だがお前は、守れと人に頼まれた者を、お前の制御出来ない力で壊しかけた。その意味判ってんの?』
「…………っ、」
『お前のその表情は、全て理解していると捉えていいのかな。
私の制御の甘さや、ギアメーカーの介入で、エルフェルトの思考制御を穏やかに解除するシステムが上手く起動しなくって、
お前にはさぞかし耐えがたかったであろうエルフェルトからのあま~いあまーい誘惑が、
何度も何度もしつこいくらい沢山たくさーん降り掛かったのは知ってます!私もエルフェルトの中を介して見てたから』
「え、?!?え!?ど、ど、どうゆうこと!?」
『んー!エルフェルトぉ!ちょっとごめんねぇ!今だけ黙っててねー!…こほん。
エルフェルトに予め設定していたほぼ全ての制御装置が、お前からの激しいMake Loveでほぼ大破してしまいました!
この意味判る?
私が死に行く事でエルフェルトに支障きたす事を最小限に抑えたかったんだけどねぇ…?
でもでもっ!お前からの激しい、激し~いMake Loveはっ!ウブなエルフェルトには
脳内刺激が強かったっ!そう!強すぎちゃったの!
それが原因で殆どのシステム破損て凄くない?ほんっとお前の生理欲求どんだけなのw
勿論!私が居なくなる後を予知して予め準備していなかった私にも責任はある。
だから、今回の件は私が何とかしましょう!だけども~予想以上に破損によるバグが発生してるのは~
さあ~誰のせいかなあ~!?』
「…俺は、何をすりゃいい…」
『おお!いつに無く素直でよろしい!お前にはそのバグの原因である破損したシステム群を全て破壊して貰いたい。
え?システムを破壊していいのかって!?
いやだなぁ~それらを真っ先に破壊しないと、いつまでたっても壁の無限増殖が止まらなくて、
エルフェルトがいつまでたっても現実に戻れないじゃん!
私はずっとエルフェルトと一緒に居られるしそれでもいいけど、それだとお前がさぁ~?また欲求ふ・ま…』
「…御託はいいっ!、さっさと行くぞっ!」
『…ちっ、途中で遮られたか』
「お、お母さんっ!わ、私は何をすればっ!!」
『私もアイツについてくし、ま、お前も一緒についていこっか!ソル=バッドガイのやる気も上がるだろうしね。
てか、たぶんお前がアイツの耳元で「応援してます?」とか、「がんばってください?」とか囁いてやったら、
作業効率ぐんと上がりそうだよねーwまあ、私が此処に居る時はそんな事絶対させないけど』
「そ、それでソルさんのやる気が出るんですか!?なら、私今すぐにでもっ!!」
『あーもう!この子はっ!!確かにそれは効率アップ間違い無しだけど、
此処から出た後のお前がどうなっちゃうかわからない危険な道なのっ!
…ふう!まあいいでしょう!エルフェルト。
これはまたとない良い機会なので、お前に大切な大切なお話があります!
いいですか?もうお前には、お前を護る制御装置(男除けフィルター)が機能しません。
何を意味するかわかりますか?
そうです!こんなに可愛いお前が、婚活と表して、そ知らぬ男達をナンパしまくってても確実に男共がお前から離れて行ったのは、
その制御装置のおかげなのです!
でも!もうそれはありません。これが一体何を意味してるのか…お前にはわかりますか?』
「それじゃあ、みんな私から逃げていったのって…お母さんのせいだったの!?」
『そうです!ですからっ、お前の魅力がないとか、女子力が無いとか、そんな事は全くありません!!
お前の魅力は十分です!なぜならば!私がそのようにお前を創ったから!!
でも、もうお前を護ってくれてた制御装置はありません!
この状態でまた男達にほいほい警戒心無く声かけしてみたら、さあどうでしょう!
可愛いお前が変な男に絡まれたり、ストーカー行為されたり、運が悪ければ捕まって監禁されちゃう!!なんて事もあるでしょう!』
「そんな…監禁だなんて!お母さんは大げさだなあ!」
『あああ!なんでそんなに危機感ないかな!?ほんと危なっかしすぎ!いや、そう創ったの私だけど!
ラムレザルに殆ど割り振った危機管理能力、エルフェルトにも少し分けとけばよかったかも。
いいでしょう。…エルフェルト、お前の護衛はお前を美味しく食べた責任代としてソル・バッドガイにでも叩きこんでおこうか。
ってかまあ、ある意味ソル=バッドガイ相手だけを想定して創ったから、エルフェルトに関しては成功してたんだよねぇ私。
それがまさか、こんな形で誤作動起こされるとは思わなかったけど。』
「お母さん…!早く行かないとソルさんに置いてかれちゃう!!」
『そんじゃ、ま、お手並み拝見と行きますか。』
◇◇◇◇◇
「おい!“慈悲なき啓示”!何処に向かえば良いのか、さっさと示しやがれ!」
先程、俺に一緒に着いてきたエルフェルトは、意識の中でも体調がより深刻化し、先程道すがら倒れそうになる所を回収、抱きかかえ、
今はひたすらエルフェルトの世界のシステムエラーを破壊しつつ、大元のシステムに向かい走り続けていた。
ノイズが激しいモニターに写り込んでるであろう踏ん反り返る奴に、振り向かず問いかければ、
溜め息を含ませながら、やれやれと言葉を切り出してきやがる。
『全く…そいつはあくまで語り名であって、今の私の名はアリエルスだよ。ソル=バッドガイ』
「んなこたぁ判ってんだよボケがっ!!…いいからさっさとしろ!コイツがどうなってもいいのかっ!?」
抱きかかえているエルフェルトの息が乱れている。モニター越しで悠長に構えてい
る奴に見える様に、エルフェルトを抱え直した。
『確かに、顔色が悪いな。少し甘く見ていたようだ。すまない。次々出現する見えなき壁が手薄な所から向かって行こう。
破る方法も無きにしもあらずだが、手間が惜しい』
「ったく、面倒くせぇな。元はと言えば、テメェが創った世界だろうが!」
『それはそうだが、もはやエルフェルトは私の手からの離れているんだよ。“そうなった”のはお前がキッカケではあったかもな。
これが所謂、子離れされて寂しい親の心境かもしれないな』
「勘違いするな。テメェみたいなガキの意思を無視してコントロールし、いらねぇと思えばすぐ廃棄しやがる。
そんな奴が親を語る資格なんかねぇ!!」
『…これは手厳しいな。だがな、…私は、未だに、自分の考えは間違ってはいないと思っているんだよ。
だがもう、私自身の肉体も思考もお前によって粉砕され、
辛うじてエルフェルトの中に残していた残留思念はエルフェルトを助ける事で消えようとしている。
“親”が子の未来の行く末を案じては何故いけない?このままでは未来は絶望的になる。
それを判っていて、何故親は、子が間違った道に進もうとしているのを、やり直すようにうながしてはいけないのか。
お前達の自由とは、そうゆう事だ。ソル=バッドガイ』
「そんなもん、信じて待つ。簡単な事だろうが」
『信じる…か。もし、絶対確定世界が完成していたら、新人類として覚醒し“イヴ”となるエルフェルトに、
同じく覚醒した新人類“アダム”として、ソル=バッドガイ。お前を充てがうつもりだった。
お前達は子を創り、数多の人の命を生み出す。新人類の第一歩となる筈だったんだ。
その未来だけが、今でも正しいと“信じている”。それが人の未来の為になると、私は今も信じているんだ。
だが、ギアメーカーが回収し復活させたジャスティスの素体により近いジャック・オー=ヴァレンタインにそれを阻止されてしまった事で、
私の計画はまっ更に頓挫してしまった。
そう、計画は頓挫した筈なのに、お前がこうしてエルフェルトに入れ揚げる様を見ていると、
どうも不思議な気持ちになるよ。私がそうなるよう仕向けた筈なのにな…』
「…何が言いたい」
『…お前にとって、エルフェルトはさぞ魅力的だろう。
今は髪色を初期設定に戻したが、薄紅の髪色、まだ大人になりきれて居ない大きく
つぶらな翡翠の瞳。ヒューストンのスペースセンターのハイスクールと言えば、お前はもう全ての察しが付くだろう?』
「テメェ…」
『まだ、お前がそんな尊大な性格じゃなかった頃…、そうだな。あの“因果律干渉体”も言っていたが、
まだお前がウブだった頃に出逢った少女、お前の後の恋人となるアリアのハイスクール時代。“人形”達の言葉に直せば、
初恋の君って奴か?だが、流石初代ヴァレンタインの姿を見ていただけの事はあるな…。
っ、ふふ…もっと、もっと面白い反応を見せると思っていのにっ!随分と期待ハズレじゃないか~!ソル=バッドガイ!』
「…ちっ、テメェがそうゆう戦法で来るこたぁ初代ヴァレンタインで判ってんだ。テメェの悪趣味にいちいち付き合ってられるかよ」
『あー!ラムレザルも良く出来てると思ったのにさぁ!お前が見事にスルーするからぁ、あれ?あれれれ?
私もしかして間違っちゃった???って、もう一度時代軸確認しちゃったんだけど!?ねぇ?そこんとこどうなの?』
「生憎だが俺は、あの年齢の“母親”にゃ面識なんぞねぇな。俺をビビらせてぇんなら、年齢設定をもっと上げやがれ」
『なんだ、判ってんじゃん!わかってたんじゃん!?そう、それ!ほんとそれだよ!!
でも、エルフェルトの見た目が“人形”達でいう見た目16~17歳だからさぁ?ラムレザルと姉妹って事にするには、
ラムレザルの年齢設定下げるしかないじゃん!』
「んな事、俺が知るかっ!」
『…お前の母親は幼い頃苦労してたよねぇ。あの時代、相当マシにはなっていたけど、選民意識とかで
“人形”達による白人様至上主義がまだ残ってた時代だったから。
お前の母親は黒人の血が混ざった四世代目のクオーターだったけど、お前は白人の父親のおかげか、それ程影響は出なかった。
だが、親が混合だというだけで周りに疎まれた。
それを跳ね除けてハイスクールを首席で卒業は、まさに根性だよ!根性!』
「っ、…テメェはっ、エルフェルトを助ける為に此処に出やがったのか、俺の血圧を上げる為に出てきやがったのか、
どっちだっ!?ああっ!?」
『おー、こわ!でも、どちらも違うな。お前を褒め讃えてやってるのさ。私を撃ち破った偉大なる“背徳の炎”に。
さぁて!先程次々とお前が壊して行ったのは、只の雑魚でした!次こそっ!お待ちかねのぉ大物が来まぁすっ!』
「ったく、やっとかよ…」
『気配を感じるな…来るぞ』
慈悲なき啓示が指し示し辿り着いた場所は、先程走ってきた地も天も解らない空間ではなく、その気配が近付くにすれ、
景色が彩られるように広がっていった。
「こいつは…、ジャスティスによって破壊されたセントラルオルガンタワーの瓦礫の残骸じゃねぇか」
見憶えのある景色。殺気を感じ、空を見上げれば、黒い像の女神か、神話の天使か、
ついている翼のようなモニュメントが左右対称に浮き、その女神像を浮かせている。
そのシルエットは、まさしく、かつて己が両翼をもぎ取った、覚醒後のエルフェルトそのものであり、
奴はその紅く輝く瞳を俺に向け、目を細め。一言呟いた。
「やっとここまで来ましたね。ソル=バッドガイ」
「はっ、テメェかよ」
「…お母さん。私を必要としてくれるのなら、この男を拘束する命令を下さい。そして、その暁には、そこの出来損ないに代わり、
私がエルフェルトの肉体、思考全て制御下に置き、お母さんの願いを代わって遂行します」
「やれるもんならやってみやがれ」
「…貴方と一度戦い、私の力では到底敵わない事は対策済です。ソル=バッドガイの弱点も検証しました。
貴方に有効なのは、なんて事無い。“私自身”」
「テメェ自身、だと!?」
黒いエルフェルトは光を放ち、目を焚かれまいと腕で遮る。光の中から現れたのは、
慈悲なき啓示に拐われる前の姿をした“エルフェルト”そのものだが、その放つ殺気は相変わらず俺に向けられている。
“本物”と決定的に違うのは、宿る、無機質な感情を表す目。
「どうゆうつもりだ」
「どうもこうもありません。貴方の弱点は私そのものだと判断しました。“ソルさん…行きますよっ!”」
急に目元に光を宿し、素早く拳銃を俺の方に向け発射する。当たる軌道では無いが、次々と重火器を出し、
迫ってくる奴の表情に、俺は調子を狂わされてしまう。
「っ、クソっ!」
「うふふふ!ソルさん!こっちです!」
「テメェっ!!」
距離を詰め、奴の首元を掴み投げ付ける、その隙に地面に叩きつけ、空から畳み掛けるように殴りかかれば、転がって避けられ、
咄嗟にイチゴ型の手榴弾が飛んできやがるからか、回避するついでに奴に殴りかかれば、ハイジャンプで回避され、
ひらりと俺の背後に潜り込む。振り向き、奴との距離を取る前に奴の左腕が俺の首元をしがみつき、
顔を近付け、見た事もねぇ女の表情で呟いた。
「ソルさん……私の腕の中で……死んでくれますか?」
自身の腹筋辺りに、奴が突きつけたショットガンの感触を感じ取る。
「初めは痛いかもしれませんが、その内気持ち良くなりますよ♪」
「…テメェが、俺をイかせてくれんのかよ。…上等だ…」
奴が引き金を引くタイミングで、自身が何時でも放てるように準備していたジャンクヤードドックの引き金を引いた。
奴と自身を巻き込んで爆発にも似た火力が周りはおろか自身すら巻き込み、火を放つ。
奴から放たれたショットガンは、自身から放った火力をガードする為に発生させたフォレストディフェンスで全て弾き返し、
解除した隙に何発か通ったもんは、自身の脇腹をかすめたのか、服が何箇所か破れ去っている。
エルフェルトの姿を模したガーディアンは燃え、本来の全身漆黒の姿を現していた。
「どうだ?全身バーベキューの気分は」
「…ソル=バッドガイ。あなたが…前に言っていた“エルフェルト”の境界線…未だに…私には理解が出来ません。
でもあなたは、エルフェルトである“私”をこうも躊躇わず手をかけた…。
エルフェルトの一部として此処で見ていたあなたの姿は、ひたすら、エルフェルトを求め、時に自身の欲に葛藤し、
結局自身の欲を全てエルフェルトにぶつけ、また時には、慈しみ、エルフェルトに笑いかけるあなたの姿を沢山拝見しました。
私と、そのエルフェルトの違いは、一体何なんですか?その違いがあるから、私はお母さんに見捨てられるのですか?
お母さん。お母さん。…お母さ…ん…どうして…私を見棄てる…の…?、お母さん…お母さ…おかあさ…」
燃え上がる…火の中で…片言に呟く奴の姿が、火柱と共に天に駆け上がっていくように見えた。
『システムとはいえ、エルフェルトに手をかけた後味は悪かったか?ソル=バッドガイ。…そんな顔をしている…。
だが、コレで、エルフェルトの中で暴走していたシステムは全てリセットされた。今から、私の思念を使い、傷ついた箇所を修正しよう』
慈悲なき啓示。奴の姿が、モニターではなく、ホログラフィックとして目の前に映し出される。
両手を広げ、量の掌に瞬時に莫大な情報量の法力を同時に沢山出し、一気に修正をかけて行く奴の姿。
気絶し、顔色が優れなかったエルフェルトが、少しだけだか呼吸が整い、ホッと胸を撫で下ろした。
『…私は…もうすぐ消える。その前に、お前を現実世界に返そう。エルフェルトは、お前が帰った後に直ぐ目が覚める筈だ。
エルフェルトのシステムは全て私の権限でデリートしておいた。だから今後、このような事は起こらない。
その代わり、エルフェルトにかけていた私の保護防疫が無くなってしまう。
あの子は危なっかしい。お前が護ってやってくれ。これが、私の最後の願いだ…。
頼む…、どうか、あの子達を…』
◇◇◇◇◇
「ソル!!…気がついたか…」
「……、カイか…、今何時だ」
「今は夜11時前だな。私もようやく仕事が落ち着き、お前達の様子が気になって、慌てて此方の棟に来た所だ」
「ハッ…相変わらずの仕事一辺倒かよ…。」
「…まあ、そう言うな。今の私の主な仕事は、シンやディズィー、ラムレザルさんやエルフェルトさん、そして、ソル…
“お前達”の存在意義を世に主張し、市民権を得る為の仕事を主にしているのさ。こんなやり甲斐のある仕事は他には無いだろう?」
「それで、テメェが過労で倒れたら目にも当てられねぇだろうが」
「最近の私はすこぶる調子が良いんだ。だが、確かに周りに心配はかけている自覚はある。たまには休息を取らないといけないかもな」
「…エルフェルトは無事なのか?」
「ああ、まだ目覚めてはいないが、心拍数、血圧共に正常値に戻ったとの報告があった」
「“報告があった”だと?テメェは見れてねぇのか」
「いや、ジャック・オーさんが、エルフェルトさんが目覚める前に今から身体を拭いたりするらしいから、
私やシンは追い出されてしまったよ。
シンは、準備が終わるまで待っていると言っていた。多分、今、お前が出向いたら手痛い仕打ちを受けるだろうから、
暫く私と此処に居ようか」
「オヤジぃぃいいいっ!!!!エルがっ!!エルが!!」
「シン、少し静かに、…どうやら準備が整ったようですね」
「あ、カイ!仕事終わってたのか、お疲れさん!」
「ありがとう」
「てか流石オヤジだぜ!やっぱり目覚めてたんだな?って今はそれどころじゃねえ!!」
「カイにオヤジ!いいから早くエルんとこ来てくれよ!!!」
「テメェが騒いでやがった重大な事はこれなのか!?」
シンが騒ぎ立てて私達を呼ぶからか、エルフェルトさんに何か芳しくない事が起こったのかと慌てて来てみれば、
なんてことは無い出来事で(女性にとっては重大な事かもしれない)
私もソルも、肩透かしを受けた状態といえる。
「だって!髪色がみるみる前のエルの髪色に戻ってくんだぜ!?びっくりするじゃんか!!!」
「まあ、女性は髪が命って言うから、強ち間違ってはないんだけど…、ほら、シン。もっと重要な事があったでしょう?」
ジャック・オーさんの誘導で、大事な事を思い出したシンが、そうだと言わんばかりに言葉を伝えて来た。
「先生の見立てで、エルは無事みたいだ。これも、オヤジが身体張ったおかげだな!!」
サンキュな。そう笑顔で語りかける息子の笑顔に、傍から見ればそっけなく見えるのだろうが、あれは照れている。そう感じ、
私は奴にバレぬよう最新の注意を払って含み笑いをした。
俺はもう寝ると一言告げ出ていく奴が、扉を閉める際に私を睨んでいて、思わず咳払いをしてしまった。
扉が閉まる寸前、シンがソルを追いかけるように部屋のノブを掴み、みんなおやすみ~!と
手を振って出ていく様を部屋の全員で見送る。
「風邪…ですか?」
「あ、いや、そう言う訳では無いんだ」
エルフェルトさんの看病を、ラムレザルさんとしていた妻のディズィーが私に近づき、笑顔でお疲れ様ですと労ってくれる。
今の私の原動力と言っても過言では無い。
次の瞬間彼女は私の手をそっと掴み、カイさん、あなたもキチンと休んで下さいね。と少し悲しげな表情をするからか、
私も以後気をつけるよ。と語りかけた。
「うーん、エルが目覚めるのは明日って所かしら?ラムはこのまま夜までエルに付き添ってあげて?
勿論あなたが眠くなった時点でキチンと寝る事!わかった?」
「ジャック・オー…わかったよ。エルは任せて」
「カイ君、君はさっさと寝なさい!君の労働時間は国際規定から図ったら過重労働って何処のの労働組合も判断する筈よ!
それに上が休まなきゃ、下はやすやすと休めないんだから!」
「いや、仰る通り…耳が痛いな…」
「ディズィー、いつも細々とした事気付いてフォローしてくれてありがとう。二人ともお疲れ様、おやすみなさい!」
「お母さんも、おやすみなさい」
「うん、おやすみなさい。また明日ね」
◇◇◇◇◇
「エル、おはよう!!気分はどんな感じ…?」
目を開けて一番最初に視界に写ったジャック・オーさんが、私の額に手を当てて、うん!もう大丈夫そうね!と笑顔で呟いている。
身体を起こして周りを見渡せば、心配そうに見つめてるラムと、私に「エル、おはよう!」と声をかけてくれるシンの姿。
そんな彼らを遠くから暖かい眼差しで見つめてるディズィーさんや、私が寝ていたベッドから一番遠くの壁に背をもたれ、
腕を組み、目を瞑っているソルさんの姿が視界に写った。
「皆さん、ご心配おかけして、本当にごめんなさい!何度も、何度も、助けて頂いてっ、ありがとうございますっ!!!」
急に大声で叫ぶようにお礼を言った私に、皆さん、初めは驚きの表情になるも、
少し経てば、そんな固くなんなくてもいいのにと、ソルさん以外、皆さん笑ってくれた。
ソルさんは相変わらず、うつむいたまま。
皆の前では本当に必要最低限しか喋らないんだなぁ。そんな事をふと思う。
「お礼なら…そうね、あなたを助けてくれた飛鳥くんとフレデリックにするべきよね。っていっても、飛鳥くんはもう何処かに消えちゃったわ。
…相変わらず、神出鬼没っていうか、なんというか…。
まあ、あの人の事だから、多分今の光景も見えてる筈よ。あなたの気持ちはバッチリ伝わってると思うから、
あんまり気にしなくても大丈夫だと思うわ。」
「そうですか…きちんとお礼したかったのになぁ…。」
「その気持ちだけで十分よ。あの人、お礼とか言われる事自体珍しいもの、まあ…起こした事が事だから、仕方がないんだけどね…。」
「あの、ジャック・オーさん…。それは…ちょっと笑えないですよ…、どう反応すればいいやら困りますが…。」
「あ、そっか、そうよね、ごめんなさい。」
やっちゃったわねーと軽く笑うジャック・オーさんに、シン以外の皆さんは少しだけハラハラしていたようだった。
…あ、やっぱり、私だけじゃ無かった?
シンは、ん?なんの話だよ?って首を傾げていて、この話題に関しては、
ソルさんもこちらに視線を向けジャック・オーさんに何か言いたげな顔をしてるも、発言を口籠って黙っているように感じられた。
「カイくんもあなたの体調を凄く気にしていたわ。まあ、彼は忙し過ぎてあなたの様子を確認してたのは
もっぱら夜が深まってからだったから、
もし大丈夫だったら、今日カイくんが来れる時間に此処に私達お邪魔させてもらってもいい?」
「大丈夫です!…本当に、何もかもありがとうございます!」
「もう大丈夫だとは思うんだけど、念の為、今日一日は安静にしてる事!
私達も暇さえ出来たらあなたの様子確認しに此処に来るし、今まであなたのそばにラムがずっと付きっきりだったから、
何かあればラムに言えばいいと思うわ。
何か食べたい物とか飲みたい物とか無い?言ってくれたら、直ぐ持ってくるから。」
「さ、流石にそこまでお手数おかけする訳には…」
「いいのよ、こんな時にだからこそ沢山甘えて欲しいって思うの。…私達、あなたが苦しんで寝込んでる時に、
何も出来なくて悔しかった。だからね…?コレは私達の為でもあるの。わかった?エルフェルト。」
「はい、ありがとうございますっ…。」
思わずジャック・オーさんの言葉に、私は嬉しさで涙ぐんでしまう。そんな私の頭をポンポンと手を置き、
笑顔で見つめてくれるジャック・オーさんの隣で私を心配そうに見つめるラムと視線が合う。
「エル…、」
「ラム…?」
「…私、私は…本当は、エルを助けに行きたかった…でも、行けなかった…。だから、今出来る事をしたいんだ…。」
「ラム…、ごめんね…、ありがとう。」
ラムの必死の訴えに、また…とても心配かけてしまったと胸が傷んだ。
そんな私の様子を察したシンが、ラムの隣に近づき、私に声をかけてくれる。
「…ほら、なんか病気の時ってみんなめっちゃ優しくなるじゃん。普段は怒られたりすんのに、
小せえ時のオレはそれが不思議だったんだ。
でも、なんかさ…自分を大切にされてるってヤツ?それを凄く感じたんだ。
此処のみんな、エルの事が大好きなんだぜ。だから、エルは気にしないでその気持ちを受け取ればいいんだよ。」
「…うんっ、ありがとう、シンっ!」
「…おう!」
「シンは凄いわねぇ。異性の女の子に、大好きなんて言いにくい言葉をサラッと言っちゃうなんて。
“誰かさんとは大違い”ね。そこの所は、カイくんの息子だなあって思うわ。」
ジャック・オーさんが、語りながらちらっとソルさんの方を見れば、ソルさんは苦虫を噛み潰したような表情をしてる…。
そういえば、私ってば、シンが言う「大好き」は、仲間としての想いなんだろうなって解釈してたけど、
確かに言われてみれば、凄い事なのかもしれないと思う。
「ん?…オレはジャック・オーだって大好きだぜ?勿論、ラムも母さんもオヤジも。…今は…カイもだけどさ…。」
「大体の人はね、人に大好きって伝えるの、戸惑ったり恥ずかしいって感じたりしちゃうのよ。」
「へえー、確かに…オヤジからそんな言葉聞いた事ねぇもんなあー。」
「おい、シンっ!…何で俺に話を振りやがった!?」
「…いや?べつに?なんとなくそう思っただけだ。でも、ちゃんとその時その時に伝えねぇと伝わんねぇだろ?
大切なヤツなら、特にさ。 オレは昔っからすっげえ成長期だからさ、直ぐ友達出来ても、直ぐそいつらと“かけ離れちまう”。
…ずっとは無ぇんだ。だから、その時その瞬間ってヤツを大切にしてるんだぜ?」
「…ですって。永劫の時を生きて来たあなたや、時代を飛び越えて来ちゃった私には、ちょっぴり耳の痛い話よね。
…確かに言葉にしとくのは大切よ。
フレデリック、あなたも…今の胸の内を言葉にしてみたらどうかしら?
さぁて!もうそろそろお昼ね!多分先にこの部屋出ていったディズィーが用意してくれてる筈よ。
エルの分のお昼ごはんは此処に持ってくるわね。ラム?用意手伝ってくれないかしら?」
「大丈夫、任せて。」
「そしたら行きましょうか!」
「エルまたな!オレは先に食堂行ってるぜ!?」
シンが真っ先に扉から飛び出て行って、後からジャック・オーさんとラムがそれに続いて出ていく。
最後にソルさんが、部屋を出て行くのかなあ?と見守っていたら、私の方を振り向くから、
ひゃっ思わずと変な声を出してしまって、焦ってしまう。
「…あ、あの…ごはん…食べに行かないんですか…?…た、食べそびれちゃいますよ…?」
私の言葉なんてお構いなしに、此方に近付いてくるソルさんに思わず身構えてしまう。
いやいや私っ!今更!それは今更でしょう!?
でもっ、なんかっ、さっきっからずっとソルさんに、み…見られてるのかなぁ?…な、なんでなんだろうなぁ?って、
恥ずかしくて視線そらしてたから、
な…なんか、気まずくて、どっ、どうしていいのかわかんないっ…!!!
目の前がぐるぐるしてきてた時に、丁度ソルさんが、私が寝ているベッドの前に辿り着き、一言も無く、ベッドに腰掛けた。
…そ、そうだっ、お、お礼っ!!お礼言わなきゃ!!!
「そっ、ソルさんっ!…この度は…助けて頂いて………っ!?」
ふと上を見上げれば、その射る視線に、私は言葉を失ってしまった。
「そ、ソルさんっ!?ま、ま、待って…待って下さ…っ!?そっ、そんな目でわたっ…私を…見ないで下さいっ!!」
思わず口走ってしまった言葉に、初めは眉を潜め、私があまりにもテンパってるがおかしかったのか、鼻で笑われてしまった。
「い、今っ…鼻で笑いましたねっ!乙女が恥ずかしがってる姿見て鼻で笑いましたねっ!?」
「…ったく、その“乙女”って奴にだ、俺は“許しを乞い”に来ただけなんだが、
そいつが俺が近付いただけでテンパりやがるから、そりゃあ面白れぇに決まってるだろうが。」
「だからそうやってソルさんはっ…!!!…………って…“許しを乞う”って…何をですか…?」
疑問で首を傾げて考え込んでしまう。そんな私の頭の上に手を置かれ、
そのまま後ろ辺りに撫でられたからか、思わず身体が飛び跳ねてしまう。
よ、よかったぁ…変な声は辛うじて出さずに済んだけど、こ、今度は…っ、視線が…っ、視線がっ…!!!
「テメェから言い出しといて忘れるたぁザマぁねぇな。
エルフェルト、お前が思考の世界で語ってやがった“お礼”とやらの前金を頂く件についてだ。」
「お、お金ですかっ!?…今、ちょっと手持ちがっ…。」
「違う。…現ナマはいらねぇよ。既に懐は潤ったしな。」
「え?…そしたら私は一体何をソルさんに支払うんですかね…?」
「…ったく、相当の鈍さだな…。テメェの“母親”が懸念しまくった理由が解るぜ…。」
「お母さん…?ですか…?」
「…エルフェルト、もういい。黙っとけ。」
「…へっ?あ、あの…、ソルさん…っ!?顔っ!?…ちかっ近いっ近いですってっ!?」
顎を上げられ視線が合えば、私は見ていられなくて目をギュッと閉じた。その次の瞬間、軽く唇にキスされて、
驚きで変な声を出して開いた私の唇をまるで覆うように今度は深くキスをされる。
この時、ソルさんと初めてキスした時の事や、その後に起こった事を全て思いだしてしまって、自分の顔が真っ赤に染っていくのが解る。
あ…だめ…頭が麻痺してきた…思考がソルさんで一杯になる。
慌てて呼吸して追いつけなくって、私から唇を離しても、ソルさんの唇と繋がった銀の糸を見て身震いして、
今度は私から吸い付くように口付けた。
その際ソルさんの身体が若干震え、その微かな動きで互いに目を開け視線を絡め合う。
その視線が、“テメェやってくれるじゃねぇか”って物語っていて、私は慌てて目を閉じた。
首を後から掴まれ、身体を引き寄せられる。
より深くなり、かき混ぜられる口内が気持ちいい…、舌を沢山絡め合う、
何もかも気持ち良くて、私はソルさんの服をギュッ掴み、
より顔を上げて、流れ込んでくるソルさんの唾液をこくこくと自分の咽に流し込む…。
もっと、もっとって、舌を突き出しソルさんの首にしがみついたら、
今度は、ソルさんから唇を離された。
離された後暫くして、私はふと我に返り、もの凄く恥ずかしくなり、慌てて顔を自分の布団で隠した。
「ご、ごめんなさい…!な、なんか…無意識で…、あ、あの…そのっ…。」
「…別にいい。…エルフェルト、お前が“そんなん”なのは、テメェを抱いた日からこっちは知ってんだ。
…だが相変わらず破壊力が凄えな。
ったく、…危うくテメェのペースに流されちまう所だったぜ。」
「…え?…」
「…前金はこんなもんだろ。これ以上欲張っちまうと、ゾンビ取りがゾンビになりかねねぇからな。」
「い、今のが“前金”…ですか…??…そ、そしたらっ、後金って…!!!」
「俺はこの後仕事で直ぐイリュリアを出る。お前の身体もまだ本調子じゃねえだろうしな。
俺の仕事が片付いた後だ。そん時、改めて“後金”を頂く。
エルフェルト…覚悟するんだな。
俺を雇う金は破格だぜ。気になるんなら後でカイに値段でも聞いてみろ。…珍しい坊やの愚痴が聴けるだろうよ。」
“坊や”って…カイさんの事か。混乱する頭でなんとか理解する。
「仕事が片付き次第連絡するが、次行く予定地は此処に記しておいた。
お前の体調が順調なら、予定前倒しで先に来るのは自由だがな。ま、そこはテメェ次第だ。好きにしろ。」
「あ、あの…っ、シンとラムは…一緒に来ないんですか?」
「…ディズィー、アイツが目覚めたからな。流石の木陰の君も、シンのアホさ加減に慌てたらしい。
とりあえず九九の段覚えさすまでは外に出さねぇとか言ってやがった。
ラムレザルはシンに勉強教えるって張り切ってやがったな。」
「(うわあああ!!!ど、どどどうしようっ!?こ、コレってこれってやっぱり…!?!?)
…わ、わ、わたしっ、…まだ行くと言って無いんですが…っ!!!…も、も、もしもの話です!もしもの話ですよっ?
もし私が行かないってなったら…その後一体…ど、どうなるんですか…???」
「…流石のテメェも察しがついてんだろ。俺は“後金”さえきっちり頂けりゃ“何処”で支払われようが構わねぇ。
だが…エルフェルト、お前は違うんじゃねぇのか?…折角の膳立ては利用した方が利口とは思うがな。
…ま、此処イリュリアで逃げるテメェを追い詰め、 声を気にし、出さねぇようにしてる所を無理矢理鳴かせまくるってぇのも、
中々オツではあるかもな。俺はどっちでもいいんだがな。」
「(うあああやっぱりぃいいいいい!!!)
…わ、わ、わかりましたからっ…、い、行きますっ!私行きますからっ!それ以上話されたらっ、心臓が持ちませんっ…!
…ほ、ほらっ!ごはん!!ごはん食べに行ってきたらどうですかっ!?」
「…言ったな。っても、まだ先の話なんだがな。…エルフェルト、お前は今からきっちり休すんでおけ、いいな?」
そう言葉を残して、ソルさんは私の部屋から出て行った。
その言葉で、ソルさんが意図としている事が見えて、余計に恥ずかしくなる…。
でも、なんで…ソルさんは私とばっかりなんだろう…?
コソコソしなきゃならない私より、アリアさんとの方が普通の夫婦の営みとして…。
って私っ!?一体何を想像してるのっ!?
うわあああ恥ずかしいし、悲しくなるしで、この妄想は、諸刃の剣だったああああ!!!!
布団に顔を埋めて、ちょっぴり涙が出てしまう。
布団の中でわなわなしてる私に、暫くしてから、今度は高い女の人の声が聞こえる。
「エル?大丈夫?具合良くないのかしら?」
布団からガバッと起き上がると、ほら!ごはん持ってきたわよと笑顔でお盆を持ってきたアリアさんの姿。
ラムの姿は居なくてジャック・オーさんだけだったのが私の気を緩めたのか、私はつい涙ぐんでしまった。
「さっき、そこの廊下でフレデリックとすれ違ったんだけど…一体何があったの?」
驚くジャック・オーさんに、私は申し訳無さでつい謝り倒していた。
◇◇◇◇◇
「あら!デートじゃない!思い切り楽しんで来ればいいのよ!」
そう言ってるジャック・オーさんに、思い切って私が前から疑問に思ってきたことをぶつけてみる。すると意外な答えが返ってきた。
「前に、私の恋愛的思考がエルの魂になった話をしたわよね?
つまりもう私の身体には、まるっきり恋愛っていう思考が生まれない。ここまでは理解出来るかしら?」
「それが、ソルさんがジャック・オーさんを求めない理由なんですか?」
「ううん、寧ろ逆ね。私がまるっきりそっちの機能が駄目になってしまったの。
うーん、機能というより、そういう気分に一切ならなくなった。って言った方が正しいのかしら?
機能自体はなんとも無いわ。あなたと同じく膣も子宮も持ってるから、試そうとは思わないけど、多分子供も作れる筈ね。
でも、女性がそういう気分にならないのは割りと深刻なのよ」
「どうしててすか?」
「だって、全く濡れないのよ?触られても気持ち良くならないのよ?そんなの、ただ痛いだけじゃない?」
「ええ!?」
「これは誰にも言って無かったし、フレデリックは誰かに言われるの絶対に嫌がるだろうからずっと黙ってたんだけど、
私達、一回事を試みたのよ。試みたというか、まあ、自然にそういう流れになったって言った方がいいかな?
だって、エル、あなたを慈悲無き啓示から救い出した後、私がジャスティスと融合して一時アリアに戻っていた、
海賊船の船の中の帰り道での出来事だもの。
…エルは、私に何度も申し訳無いって言う。でもね、寧ろ私の方が物凄くあなたに申し訳無いって思っているの。
フレデリックが背徳の炎のギア細胞に飲み込まれそうになると、あらゆる飢餓感に襲われる。特にキツイらしいのは殺戮欲求と性欲。
殺戮欲求はギアを殺してなんとか保ってきてたみたい。
だけど、性欲は彼が自分で作り出したヘッドギアでなんとかしてたらしいんだけど、
最近はそれでも抑えきれなくなってどうにもならないらしくて、
そんな時に私が現れたから、まあ、そうゆう流れになっちゃったのは致し方ないわよね。
…でもその時私相当痛がったから、結局、最後まで出来ず終いだったわねー。
あ、彼が下手だったからとかではないからその可能性は除外してね?って、これはエルも知ってる事か」
ジャック・オーさんの言葉に、いろんな意味で言葉を失ってしまう。
ソルさんが下手って事は…無いと思う…。いや、私はソルさんしかしたことないから誰かと比べようもないんだけどっ!!
だ、だって…、初めての時は、なんか、私の反応を事細かに確認して検証してっての繰り返しで、
あ、あれ?セックスってこんな感じですか?ってソルさんに聞いてしまったくらいだし…。
でも、それはほんの始まりでしか無かったのを、まざまざと突き付けられたんだけど…。
思わずその時の事を、思い出して顔が熱くなる。
私の反応に、ジャック・オーさんはエルは分かり易過ぎよと微笑み、私の頭をポンポンと撫でてくれた。
「今回あなたが奇病にかかった原因、さっき嫌がるフレデリックからなんとか聞き出したの。やっぱり…私の予測通りだった。
彼、相当欲求不満だったのね。あの慈悲無き啓示が創ったあなたの思考プログラムを壊す程だったんだもの。
あなたが今回、そうなってしまったのは、私のせいでもあるって思うのよ」
「そんな事…っ。」
「まだ救いなのは、あなたが本気でフレデリックの事を愛してくれた事ね。あなたが彼の事を愛してなかったら、
もっと悲惨な事になっていたかもしれないもの。
私も辛いだろうし、フレデリックも辛くなる。その内私の身体が彼の相手をする事が難しくなったら。
私の代わりにあなたがその役目を担う事になるのは予測出来るもの。
最終的な結果が同じなら、良き感情を良しとする方が良いのよ」
「でもそれって…やっぱり、…私が、ジャック・オーさんに戻れば全て解決するんじゃないですかっ?」
「…それは嫌よ!もう私はあなたと出会ってしまったんだもの。それに、もうその選択肢は、皆の総意見で却下された筈よ?」
「でも…。そのお話を聞いて、ソルさんにとって、必ずしも“私”である必要が無いなって感じてしまいました…。」
「うん、そうね、そう受け取っちゃっても仕方が無いかも…。
男の人って難儀よね…。性欲に振り回されてる人が多いと感じるわ。特に…フレデリック、
今の彼にとっては性欲なんてただ煩わしいものでしか無い筈よ。
だから、あんな強い抑制作用フルスロットルなヘッドギアなんか着けちゃって、
アレは…普通の人が身に着けたら廃人になっちゃうレベルよ」
「そんな…。」
「そんなヘッドギアでも、抑え込めない程に、生理的欲求が彼を蝕んで来てる。私達が産まれる前の彼はどうしてたのかしらね」
「…夜の女の人を買ったりしていたって言ってましたが…シンを預かってからはめっきり無くなったって…言ってました…」
「そうなのね。多分だけど…。その女の人達、何人か廃人になった可能性は否めないかも…。
ギアの遺伝子を有したあなたですらこれだもの。彼とまともに相手できるのは、彼と同じギアだけ。
でも私はこんなだし、ラムはまだ目覚めていないわ」
「ら、ラムは…だめですよっ!」
「冗談よ。というか、フレデリックは、只今絶賛あなたに無我夢中だから大丈夫よ。それにラムとそんな事しようとしたら、
もれなくシンが怒って喧嘩になるわね」
「ラムになにかあったらシンが怒る事については私も同意見ですが…まさか、ソルさんに限ってそんな事は…」
「彼はああ見えて情に篤いのよ、心開くのには相当時間かかっちゃうし左脳の癖抜けないから、
あーでもないこーでもないって考えすぎちゃうし、勘ぐり深いし、
飛鳥くんとの事で、一度深刻な人間不信に陥ったから仕方が無いんだけど、一度気を許した相手には、
なんだかんだ執着しちゃう癖は私と出会ってから全く変わってなかったわね。
次に会うときは色々あなたから何か我儘言ったり、お願い事してみればいいのよ。それであなたも理解する筈よ」
「わがまま…ですか?」
「困らせてやるくらいの気概でいいのよ、今まで散々エルフェルト、あなたの方が彼の我儘に応えてきたんだもの」
「そんなこと無いと思うんですが…」
「そりゃあ、あっちの方がかなり度数を踏んでるもの、あなたを言い包めたり、煙に巻いたり…そんなの朝飯前よ」
「ええっ!?」
「狡い大人をあまり甘やかさないようにね?…エル、あなたからお話聞く度、ほんと、あの人狡いわねって思えてきちゃう。
あなたから欲しい言葉や態度を散々貪る癖に、自分じゃ一切言葉にしないのよ。
態度に関してはある程度解る部分あるけど、エル、あなたが欲している言葉を彼は殆ど与えていないように感じるわ」
「でも私は…ソルさんを想っていて良いんだとジャック・オーさんに許して貰えて…ソルさんにも気にかけて貰えていて、
これ以上何かを望んだらバチがあたってしまいますよ…」
「うーん、そしたら、ほんの些細な願いとか無い?例えば…こんな場所に一緒に行きたいとか、些細なカップルが日常でしてる事とか」
「それは…それはっ!!!沢山ありますけど、ソルさんに頼むのはどれも申し訳ない内容ばっかりなんですっ!!」
「少しいいから教えてくれない?」
「……水族館デートしてみたいですし…」
「うん、かわいい望みじゃない!」
「…相合傘…出来たらしてみたいなぁって…」
「…うん、女子としては妥当な望みよね」
「…い、一度でいいからっ、出来ればお化け屋敷デートもしてみたかったんですが、
これは流石にソルさんに頼むのはハードル高すぎやしないかとっ!!!
っていうかっ!!!このチョイス全部ハードルが高すぎてソルさんに言える筈ない!!!
って、ジャック・オーさん結局爆笑してるんじゃないですかぁあっ!!!」
「…うん、ごめんね!今エルが全部言った願いをあなたたち二人がしてる姿想像したら、凄く面白くなっちゃって…!」
「…分かってます…。ソルさんには子供だって馬鹿にされそうですし…やっぱり言える訳が…」
「あら!言うだけタダじゃない?言ってみて馬鹿にされたら怒ればいいだけの話よ」
「でも…そんな事したら嫌われたり、面倒くさがられたり…しませんか?」
「…それは無いわ。もっと自信持っていいのよ。本当に面倒なら、彼はわざわざあなたを誘ったりなんかしないもの。
エル、あなたの性格をある程度彼も把握していて、それでも尚且つあなたと一緒に居たいって思ってくれてるのよ。
その一緒に居たいと思わせる何かは、もしかしたらあなたの性格とかでは無いのかもしれないし、
あなたの言うとおり、もしかしたら、面倒だって思う部分もあるかもしれない。
けど、それ以上に何か彼にとって利害、というより旨味があるから、あなたの体調やあなたの性格を配慮して、
こうしてデートのお誘いしてくれてるんだもの。きっと大丈夫よ。彼を信じてあげて」
「旨味って…やっぱり、ソルさんにとって私は身体目当てでしか…」
「それも立派な動機よ、男の人にとっては特にね。でも彼はさっきも言ったけど、利己的に見せたくてあえてそう振舞ってはいるけど、
あなたも知ってる通り、本質は情が篤くて面倒見が良かったりするの。
情が全く無い人が友達の子供を困ってるからって預かって育てたりする事は無い筈よ。
エル、あなただって、そんな彼だからこそ好きになったんじゃない?」
ジャック・オーさんの言葉に、私は出会った頃のソルさんとのやり取りを思い出していた。
初めはなんて冷たい人なんだろうって思った。でもシンから色々ソルさんとの事を聞かされて、
そうではないんだって思えて嬉しくなったの。
そして分かったことがあった。なんでこの人はこんなに孤独に囚われてしまっているのだろうって。
余計なお世話だって言われるのは分かっていた。
でも、ソルさんが孤独なのは嫌だ。心からそう思えてきて、想いより先に身体が動いて、
力を出し切ってバックヤードに一人飲み込まれようとしていたソルさんを私は必死に助け出していて…。
今思えば、私のこの行動はお母さんからの命令もあったんじゃないかって怖くなる。
これは私の本当の願いなの?
ソルさんに惹かれる私は、お母さんがそう望んでいたからではないの?
そもそも私の身体や心は、“アリアさん”から創られたのだから、そもそもが私の想いじゃないのかもしれない。
そう考えたら、やっぱり私は紛い物で、ソルさんに愛される資格なんてないんだなって思えてきて…。
お母さんからのプログラムが消えても、未だにこうして自問自答してしまう。
そんな事をぽつりぽつりとジャック・オーさんに伝えたら、
「半分正解だけど、半分間違ってるわ。この答えはあなたの口から直接フレデリックに聞いてみたら理解できると思う」
と言われて、少しだけ戸惑ってしまう。
「そ、ソルさんに聞いて良いんですか…?」
「私からも伝えれるんだけど、一番あなたが納得できるのは、彼から直接言われることだと思うから。
とりあえず、今はきちんと休みましょうか。デートの日は、全身のお肌ぴかぴかでいたいでしょう?」
「全身のお肌って…っ!?そっ、その言い方はっ!!!」
「え?私はデート前における乙女の願いの統計を言っただけだけど…、何か意味深な事想像しちゃったのかしら?」
ジャック・オーさんにそう切り替えされて、より恥ずかしくなってしまった私の頭を笑顔で撫でながら、
やっぱりエルは可愛いわよねといわれて、顔がひたすら熱くなる。
「ジャック・オーさんっ!!?かっ、からかったんですかっ!?」
後からラムから聞いたんだけど、この時の私の叫び声は見事に廊下に響き渡っていたという。