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乙女の秘めざる想いは男の想いを解き放つ​。

 

……苦しい…身体も、心も……

身体が自分のモノじゃないみたい。頭もボーッとして…

先生からお薬処方されてから、だいぶ落ち着いて来てたのに、どうして…。

ソルさん…今、イリュリア城に居るんだなぁ…。
ソルさんと晩御飯、一緒に食べたかったなぁ。

っ!?私っ!?今何考えてたのっ!?

だ、だって!ほら!ジャック・オーさんが私達のお姉さんなら!ソルさんはお義兄さんだもの!
か、家族と一緒にご飯食べたいって思うのは!人間なら真っ当な考えみたいだし!だから何もおかしな事は無いよね!!

私、人間じゃないけど!!

でも、何故かそう自分に言い聞かせる度に、心がチクチク痛くなる。
わ…私!この病気治ったら、もう一度旦那様を探しに行こう!!
そうすれば、こんなモヤモヤはきっと何処かに消えて………

婚活再開の新たな決意を抱いてベッドから立ち上がって握り拳を作った瞬間に、扉のノブが回り、扉が開く様子が視界に入った。

え?えええ!?

ドアノックしないで扉を開ける人は、私の記憶では、シンか、もう一人の人くらい…。

「…あの?もしかして…シン…?私を心配して来てくれたの??…でも、ごめんなさい!今は…その…できれば………
って、えええ!?…ど、どうしてっ!?」

扉から現れた人物に、今にも頭がヒートしてしまう。心臓がバクバクいって、目眩を軽く起こし倒れそうになる。
完全に倒れる事を自分で阻止する前に、その大きな手で腕を掴まれ、
その掴まれた腕の箇所がやたら熱を持ってるように感じて、心臓が飛び跳ねた。

「……ったく、病人になっても、尚人騒がせかよ、テメェは…」

その低い声色に心が掻きむしられる。
呆れた視線と目が合って、思わず慌てて顔を反らした。



◇◇◇◇◇



「ああ゛!?…テメェ!!頭湧いてんのか!?」

ソルに胸ぐらを掴まれながらも、今の所は至って正常ですよ。と淡々と返答するファウスト。

「今のエルフェルトさんの症状を改善するには、ソルさん。あなたの協力が“必要不可欠”なのですよ」

「ですが…確かにそれは…ソルの激情は最もです。何故そのような結論に至ったかを教えては頂けませんか?」

カイの質問に、ファウストは、わかりました。とソルにつかまれた胸ぐらを直しながら語り出す。




◇◇◇◇◇




「そ、ソルさん…?」

私の腕を掴んだまま微動だにしない目の前の人に、つい、おどおどと声掛けをしてしまう。

「…ったく…。」

洒落にもならねぇ…。そんな事を口にして、身に付けたベッドギアに手をやり、溜息を一度だけしたソルさんの様子を、

私は腕を摑まれたまま、見つめ続けてしまう。

「…あ、あの…?………って、えええええっ!?…ちょっ!?な、なんで…っ!?」

突如、私が先程まで寝ていたベットにそっとソルさんに押し倒される。

私は頭が真っ白になり、

「ま、ままま待ってくださいっ!?!?…こ、これは一体どーゆうことなんですかぁ!?!!?」

つい大声で喚いてしまう。

「エルフェルト、テメェ。…俺に言いたい事があるんじゃねぇのか」

急に真顔でそう言われて、私は思わずキョトンとしてしまう。

「…え?」

「…お前が何も言わねえなら、このまま致す事になっちまうが。良いのか?」

「い、…致すって、な、何を…です…か?」

戸惑って質問をしてる最中も、ソルさんは私の頬をそっと掌で包み込み、その親指で私の唇をなぞり、フニフニと触れている…。


…え!?

致す…致す…って!?!?

先程から、頭が熱くてぼーっとして、状況が全く判断出来ずに大混乱している私を余所に、

ソルさんはどんどん私の頬から首筋にそっと掌を撫でては、私の顔を見つめてそらしてくれなくて…。

心臓がドキドキバクバクして、気持ちがヒートアップして意識が朦朧とし始めた頃、ソルさんのお顔が私に…


私に…近づい…………!?!?!?




バンっ!!!

何か大きな音にソルさんは「チッ」とあからさまにバツが悪い舌打ちを一つした後、その激しく開け放たれた扉の方に視線を向けた。

そこには、慌てて走って来たのか、肩を揺らしつつ怒りの視線を露わにしたカイさんが、

「ソル…っ!!!お前って奴はっ!?」

と言葉を絞り出していた…。

 


◇◇◇◇◇




「彼女に事情説明も無しに、エルフェルトさんに関係を迫る奴があるか!!!」

カイさんの怒涛の説教に、ソルさんはロココ調のアンティークソファーに我関せずとばかりにふんぞり返っている。
私はと言うと、そんな二人のやり取りをディズィーさんに支えられながら、隣のソファーで黙って聞いていた。

というか、意識が漠然としてて、此処のお部屋にも結局一人で歩く事もままならなくて、

結局ソルさんに抱えられながら運ばれて、その時の興奮で、今も動機が止まらなくて苦しかった。

そんな私をそっと支えながら、微笑みを携えつつ静かな怒りを浮かべたディズィーさんが、

「二人ともいい加減にしてください」とボソッと呟いたら、

カイさんも、あのソルさんですらも、一瞬ディズィーさんの顔を見て、暫く黙りこくってしまう。

「カイさん?“お父さん”にお説教をする前に、しなくてはならない事があるでしょう?」

私が前にディズィーさんにそう言ってみては?と伝えた言葉を、

少し怒りの眼差しでにこやかに言い切ったディズィーさんがあまりにも清々しくて、思わずお顔を凝視してしまう。
ディズィーさんからの発言に、お二人はなんだか顔色が悪くなりあからさまに目が泳いでいて、

思わずお顔をジロジロと見てしまった。

…こっ、このままだと場の空気がっ!?と変に慌てた私は、「はっ、はい!質問がありますっ!!」と慌てて声を張り上げる。

「あの…っ!事情説明って何ですか?」

私からの質問に、カイさんが先に意識を取り戻した。

「そっ、そうですね!先ずはエルフェルトさんに説明が先ですね!」

カイさんはそう語りながら私のほうに向き直し、ソルさんは、や…やれやれだぜ…と余裕綽々な振りをしつつ溜息をついていた。

「エルフェルトさん、あなたのその病気について今から起こってしまった原因とそれの解消方法を説明します。

そして、その病気は、けして貴女のせいでそうなった訳ではありません。…どうか、ご自身を責めないでください」

「…はい。わかりました。」




◇◇◇◇◇




カイさんからの説明に、私は頭がクラクラしだす。
私はひたすら恥ずかしくて、いたたまれなくて、顔を伏せてしまう。

自分の体質に、自分の身体にこんなに嫌悪感を抱いたのは初めてだった…。
私の身体がこんなせいで、ソルさんにご迷惑をおかけしてしまう…
私…ソルさんの“奥さん”に、なんて謝ればいいの!?

泣きたくない。貴方が居る前では泣きたくない。
でも、勝手に涙があふれてきて…どうしよもなくて。

そんな私をディズィーさんがずっと抱き締めてくれる。

大丈夫。大丈夫ですよ。貴女のせいではないのですから…。
そう言って、私の背中をずっと優しくさすってくれていた。

私の涙が嗚咽に変わる。

私の想い…こんな形で貴方に伝わってなんて欲しく無かった…。
こんな形で…!貴方に触れて貰える事になるなんて思いも寄らなかった!


どうして…

どうして…ッ!



◇◇◇◇◇



「…ソル、あんなに苦しむ彼女の姿を見たら、先程のお前の行動がいかに軽率だったか判るだろう?」

泣き疲れ、意識を失ったエルフェルトを自室に戻し寝かしつけた後、
カイと俺はディズィーと城付きのメイド達によって、エルフェルトの部屋を追い出される。

とりあえず私の部屋に行こうかと声を駆けてきたカイの野郎と二人、廊下を歩きながら、奴は俺に話を振りやがった。

「違うな、そりゃ逆だ」

俺は言い切る。

「テメェらのそれは、逆にエルフェルトを追いつめてるだけだろうが。判らないフリしてやるのが優しさってもんだ」

「その言い分…先程の行動といい、やはりお前だけでエルフェルトさんを何とかしようという魂胆だったのだな…」

「…アイツが俺の何に勘違いしてるかは判らねぇがな、要はそのアンビバレンスな感情を取っ払っちまえばいい」

「…だがそれは…お前が彼女の気持ちに応えてやる事でしか…。

……いや、それこそ軽率でしかない。優しい彼女の事だ、きっと後から自分を責めてしまう」

「そもそもの話だ。エルフェルトは"何処"から産まれて来やがった?」

「…それは、彼女は慈悲無き啓示によって、ジャスティスとの融合の為に意図的に創られた破壊兵器ヴァレンタインシリーズとして…」

「そうだ。エルフェルトがジャスティスとの融合を果たせば、世界が終わり、新しい人類となる…"筈"だった。
そして、ジャスティスそのものは、“アリア”を媒体にしていた。

アリアが祖体であるジャスティスとの融合が出来たであろう“エルフェルトっつう存在”は。元は何を祖体にしていた?…思い出してみろ。
…ったく。そんなもん、コイツも“アリア”だと照明してるようなもんだろうが」

「……それは…そうだが…。だがそれで"アリアさん本人"は納得するのか?」

「さぁな。そんなもん未だに寝入ってる“アイツ”を叩き起してみねぇとわからねぇよ」

「…お前はそれでいいかもしれないが、エルフェルトさんの気持ちはどうなる」

そんな単純ではないと言い切る野郎に、「カイ、テメェもかつて飲み込んだ感情じゃねぇかよ」と肩を竦めば、

だからこそだ。と何処までも“坊や”は融通が効かねえ。

「…そうだな、“私だからこそ”かもしれない。私自身、自身の想いに苦しんだからこそ、

エルフェルトさんの苦しみは理解出来る所がある。彼女は今、想ってはいけないお前への想いに苦しんでいる」

「…そんなもん、誰が決めた?」

「は?」

「"想ってはいけない"と誰が決めたんだっつう事だ。そいつはエルフェルトが勝手に思い込んでるだけじゃねぇのか?
思い込めば思い込む程にかえって忘れらんなくなるもんだろうが。…欲は欲だ。良いも悪いも無え。
…皮肉にもその事実を…エルフェルト、アイツが目の前で『慈悲無き掲示』(ヤツ)に"奪われた"事で気付かされちまったがな…。」

今でも鮮明に脳裏に焼き付いている苦々しい記憶を噛み締める…。
そんな俺からの言葉に、隣の野郎が心底驚いた表情を浮かべ、暫く考え込んだ後何かを察し、やっと口を開きやがった。

「…ソル、まさか…"お前も"…?」

そう言われ、野郎に思わず舌打ちをし睨み付けてしまう。
そんな俺の様子を省みる事無く「いや、答えなくていい。」と瞬時に語った野郎は、自身が落ち着く為だろう、

溜息をつき、俺に改めて向かい合う。

「ソル…お前のその表情から彼女に対する"秘めざる想い"を知り、今回の私は、

お前の行動を隠蔽して黙秘する事が最大の仕事だと今悟った」

何やらやたら清々しい表情を浮かべ俺の肩を叩きながら"お前も辛かったんだな…私に任せろ"と言わんばかりに頷く坊やに、

全ての意図が悟られバツが悪くなった俺は、「テメェ!…それ以上は黙ってろ!」と吐き捨てた。



◇◇◇◇◇



それから数日後。

エルフェルトさんが精神的に落ち着く頃であろう日に改めて、
ファウスト先生にもう一度連絡を取り合う約束をする。

珍しくソルはイリュリアに滞在していた。

奴の意図を全て理解してしまった私は、奴が何時もより上機嫌なのが目に見えてわかり、苦笑いを浮かべる事しか出来ない。

シンはそんなソルの様子を一発で看破し「オヤジ、なんか良い事でもあったのか?」との言葉に思わず咳き込んでしまい奴に睨まれたが、

そもそもの話だ、隠蔽などの後処理を全て私が行わなければならないのだからな。と思うと、文句の一つ言いたくもなる。

奴の意図を妻であるディズィーに全て伝えれば、「やはりそうでしたか」と全てを把握していて、驚いてしまった。

「その…ディズィー、あのですね!?…ソルは、貴女の父親であるからにして…その…!」

私の言い淀む言葉に、私なら大丈夫ですよ?とニコリと微笑む。

「…何となく、エルフェルトさんの病の原因やその理由を聞いた時から、こうなるのではないかと思ってましたから」

先程自ら淹れた紅茶を一口含んだあと、落ち着いた面持ちで妻はポツリと語り、

ふと、何かを思い出すように、窓の景色の遥か遠くを見つめてるようだった。

「それは、どうゆう…」

「…想いというのは…どうしようも無くて。…私にはエルフェルトさんの気持ち、痛いほど理解出来るんです」

「ディズィー…」

「カイさん、貴方への想いに気付かされた日。私は今も忘れはしません。何度も誤魔化して判らないフリをして…忘れようと努めました。

でも、その想いは消えて無くなる訳ではなかった。だから、もう誤魔化すより、向き合った方が楽なんだと、当時強く思ったものでした」

「…それは、私も同じです、貴女は理解してるでしょうが、私こそ貴女への想いと、自身の成り立ちとの狭間でとても苦しんだ」

「はい、知っています。ですから私には“お父さん”の選択は間違いでは無いと思います。
でも、まさかお父さんまで…エルフェルトさんと全く同じ想いだったなんて…。人の想いというのは、不思議なモノですよね…。」

「…それに関しては、少しばかり心配な部分もありますが…」

「ふふ、大丈夫ですよ。これから目覚める“お母さん”もきっと理解してくれる筈です」

「そうですね…。アイツの伴侶であり、そして貴女の母でもありますからね…」


刻々と、時は過ぎ去っていく…。



 


 

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