top of page

​紅と黒の残された遺物 【一章】


「うう…イタタタ…ッ…
どうして…瓦礫の上にいきなり飛ばされるの…!?」

投げ出された時に思い切り打ったおしりを撫で擦る…

涙目で周りを見渡せば、散々たる破壊された建物に瓦礫の山…大型ギアと呼ばれるモノの黒焦げた遺体や、

このギアと死闘を繰り広げた聖騎士の格好をした兵士達の沢山亡くなった姿…

私は思わず瞳に涙を堪えて顔を反らしてその場から立ち去る…

もう予測してた筈じゃない!
此処に来ると決めた時から、覚悟を決めてた筈でしょう!?

消炎と燃えて爆ぜる木の音を聞きながら、自身の瓦礫を踏みしめる足音しか音が聞こえない。
焼け焦げた匂いと灰で舞い上がる空気で淀んだ視界。
まだ夜明け前なのか、薄暗く足元もおぼつかなく、木の根に足を取られて転びそうになるのをなんとか踏み留まる。

意識が散漫としていて、思いっきり油断していた。
ふと、気がつけば私に近寄る大型の野生の野犬の型をしたギアに周りを取り囲まれている事に。
慌てて自身に法力をかけ、ディズィーさんが見繕ってくれた、ラムとお揃いの白いワンピース姿から、

かつての“お母さん”が私に身に着けさせた白と黒のシックなウェディングドレス姿に変身する。

えっと、この場合は…“パパ”……、いえいえっ!!!“お父さん”か…
うーん…“あの人”の事、あんまり“お父さん”だなんて呼びたくないんだけど…!

敵に囲まれながら…“あの人”に言われた言葉を思い出す…。

『そのドレスはね…僕の魔法が沢山かけられているんだ…
対熱効果、対冷効果…打撃耐性もあるし、何より見た目が可愛いよね。
特にその首輪…僕の大のお気に入りでね、沢山僕の愛が込められてる…!
君は嫌だろうけど、外したらだめだよ?…これが一番君を守ってくれるから。』

『君の持ってる…そうそうそれ。キプロスプロジェクトにより産み出された銃器達。僕が持ってるモノ程じゃないけど、

対ギア戦には十分な威力だね。特にコレ。“マグナムウェディング”
君は一度、他の異世界で大型魔獣やドラゴンに使った事あるでしょ?
ギアも例外なく効くから、今僕が持たせられる最大数を君に渡しておくね。
でもコレの原料が特殊でね、僕はあらゆる武器を複製出来るんだけど、コレだけはちょっと難しいんだ。弾の最大数は20発。

君にとっての最強の武器だから、まあ…大切に使って。』


「……これくらい、一人で切り抜けられなければ、私がこの世界に来た意味なんてありませんから…!」

私は“あの人”にメンテナンスされた、ピカピカの銃を法力で呼び出し、ギア達に銃先を向ける。
その私の仕草で、ギアとの戦闘が開始された。





◇◇◇◇◇◇





「あああ!…あの場合は仕方が無いけど…
マグナムウェディングの弾…一個使っちゃった…!」

大型ギア四体と交戦して三体をなんとか撃破し、最後の四体目と向き合った矢先に、

超大型のいわゆるドラゴンタイプのギアに襲われ、逃げながら体制を立て直しつつ目の前の四体目の大型ギアを撃破し、

超大型のドラゴンギアと対面する。
当たり前なんだけどドラゴンの鱗と皮膚は固くて、私の手持ちの拳銃の弾はなんとか貫通はするも致命傷まではなかなか与えられず、

なんとか目眩ましをしてその場から逃げようとするもいつの間にか崖側に追い詰められていた。
銃が貫通するならとマグナムウェディングの弾をセットしたスナイパーライフルを花束から取り出す。

私を視界に入れたドラゴンは躊躇なく襲いかかってきて、その最中あわよくばなタイミングでマグナムウェディングの弾は命中し、

ドラゴンは一度地面に突っ伏して暫く何か意味も分からなく遠吠えを繰り返した後、急に私に懐くように擦り寄って来た。
その大きなお顔をスリスリして全身をペロペロ舐めてくるから、ウェディングドレスはドラゴンの唾液でベタベタになってしまい

思わず泣きたくなってしまう。
でも、ディズィーさんがくれたお洋服じゃなくて良かった…!このドレスと違って本当にだだのお洋服だもの…

こんな事されたら、すぐボロボロになっちゃう!
このベタベタが余りにも嫌で、近くて見つけた湖でドレスの法力を解除して裸になり身体を清めた後、

ドレス姿からお気に入りの白いワンピースに着替えた。ドラゴンちゃんに「もうなめたらダメ!」と強く言い聞かせれば、

しおらしくなって言う事を聞いてくれた。
私のせいで魅了と怪我をしてるドラゴンちゃんをほっとく訳にもいかなくて、

銃跡を私の出来る範囲で治療した後、私を背中に乗せて飛んで欲しいと頼み、空からこの世界の現状を把握する事にする。

私が今一番しなければならない事は、ソルさんを見つけ出す事。
何処か、聖騎士さん達の陣営らしきモノがあればと空から地平線を見渡した。




◇◇◇◇◇




ドラゴンちゃんに乗ってから早くも半日…

いくら遠くを見つめても、上空からは何も人が存在している形跡なんて見つからない。
やっぱり人類は地下のシェルターに潜って過ごしてるって事なのかな?
でも、聖騎士団の陣営は見つかりそうなものだけど…

もう流石に何も見つからないから、一度地上に降りて…
そんな事を考えていると、ドラゴンちゃんが何かを見つけて声を出し、私は思わず前を見据える。

大型の法力シップ!?

向こうの船も此方を見つけたのか、容赦なくドラゴンちゃんに攻撃をしだし、

その刺激に怒ったドラゴンちゃんは反撃をしようとした所、私は必死に「ダメ!」と叱りつける。

しぶしぶ回避行動のみを行うドラゴンちゃんの頭をよしよししてから、もう一度船を見つめた。

船首に誰か人が見える。

ドラゴンちゃんが船に近付く度に、その姿が鮮明になる…

私は思わず鳥肌が立った。

思わず立ち上がり、その人の“名”を叫びながら思い切り助走をつけ、ドラゴンちゃんを踏み台にして空へ思い切りダイブした。

法力を酷使して、なんとかその人の元へ届くように自身の身体を空に奔らせる。

近くに見えたのはその人の驚きの表情。

私は遠慮なく、その人の肩を掴み首筋に腕を絡め、まるで体当たりするかのようにその人に抱き着いた。

流石というか私の身体を難なく受け止めた貴方は、私の連れてきたドラゴンに対して警戒を続け、直ぐ様迎撃をしようとした所、

私は慌てて口笛を使いドラゴンちゃんを引き下がらせる。
ドラゴンちゃんが遠くに消えて行ったのを確認し、彼の方に向き直そうとしたら、私の首筋には武器が突きつけられていた…。




◇◇◇◇◇




「テメェ…ナニモンだ?あの超大型ギアを操るたぁ…テメェもディズィーの仲間か?」

「わ、私は…!」

首筋にあたる、見慣れない武器が冷たい…。

これも予測していた事だけど、私はそんな事より、耳元に響くソルさんの声色に頭が一杯になってしまう。

声が若干若いです!?ソルさんはギアだから歳は取らないって聞いてましたが、いえいえ!未来のソルさんより遥かに若いです!?

若いですよ!?あと、若干口調も若さ溢れてる感じがします…!!ウワァ…!!!

「…オイ…テメェ…聞いてんのか!?」

「へっ!?あ、ごめんなさい…!今物凄く緊張してて、貴方に会えて嬉しすぎて言葉が変になっちゃう…!!!」

私の意味不明(?)な供述で首筋に向けられた刃が若干緩んだ隙に、私は彼の方に向き直した。

「わ…私っ!…エルフェルト=ヴァレンタインと申しますっ!!
恋に夢見る乙女ですっ!好きな食べ物は甘いもの全般っ!ピッツァとかパスタとかも大好きですっ!

嫌いな食べ物はありませんっ!好きな動物はヤブイヌで、好きな…好きな男性のタイプはぁ…!
ぶっきらぼうで粗暴だけど…ワイルドで優しい人ですっ!!!
ふっ、ふつつか者ですがっ!!!宜しくお願いしますっ!!!」

ソルさんの手を無意識に握り、目を見て自己紹介を捲し立てる。

ソルさんからのドン引きにも似たような視線に私は急に恥ずかしくなって、思わず、ごめんなさいっ!!!と手を離した。

そのやり取りを、いつの間にか近くで様子を伺っていた巨体の兵士さんや、他の聖騎士団さん達に見守られてて、

私は何故か丁重にシップの取調室に案内される事となった。





◇◇◇◇◇





「今から取調べを開始する。…貴様の名は…」

「あっ、ハイ!エルフェルト=ヴァレンタインです!
年齢と体重はぁ…秘密です♡」

「貴様の目的はなんだ?何の為に当シップに超大型ギアを伴い現れた?」

「この船に来た目的は…その…本当にソル=バッドガイさんにお逢いしたかっただけなんです。ただそれだけです。
ドラゴンちゃんはたまたま地上に居たときに手懐けただけですから、意図とかは…」

「意図も無く、あの超大型ギアを手懐けただと!?
…いや、すまない。尋問を続ける。
貴様は当聖騎士団団長に会いたかったと言ったが、…その目的は何だ?」

「目的は…この世界に平和をもたらす為。
ごめんなさい、これ以上のお話は、ソルさんに直接お伝えしたいです。
ソルさんを此処に呼んで頂いてもいいですか?」

「団長は…、そこのモニター越しにお前の発言を確認している。それでは駄目なのか?」

「はい、出来れば…直接お話させて頂けたらと…。」

「私もこの席に同伴させて貰う。ギア疑惑のある貴様と団長を二人っきりにさせる訳にはいかないからな。」

「わかりました。大丈夫です。
私は貴方の事も知ってますから…」

ポチョムキンさんの方を見てそう語れば「そうか。」と一言の後、
それでは改めて取調べを開始する。そう告げられた。



◇◇◇◇◇



「世界の平和だと…?…ギアであるテメェが何ふざけた事抜かしやがる…」

明らかに不機嫌なオーラを止めないソルさんに、ソルさんが私を信じてくれないのも想定済みです。寂しいですけど…と、笑顔を向けた。

より一層ソルさんの眉間が深く刻まれる。

「貴方には嘘も取り繕いも理論武装も効かない、とある“貴方の事を一番良く知る女性”からの助言です。
だから、私は今此処では全て真実だけを語ります。それを聞いても信じて貰えないのなら仕方がありません。
私一人だけでも、この世界をなんとか出来ないかと模索するつもりです。
でも出来れば…ソルさん、貴方に力を貸して欲しいです。
それがきっと…貴方自身を救う手立てにもなるから…」

私の語りに、憤りが超えたソルさんが私の首元を思い切り掴みかかってくる。
それをポチョムキンさんが止め、私は苦しさで咳き込みながら、取調室の指定の席に座り直す。

「“俺自身を救う手立て”だと!?
そんなもん、この世界ではとっくに喪われてんだよ…!
あるのは…“奴の願い”だけだ………ッ」

拳を握り締め、心底悔しい声色で吐き捨てるように呟く目の前の愛しい人に、私はどう伝えたら慰められるのかが分からなくて…、

思わず視線を逸らす。

「ごめんなさい…でも、私が今から語る事は…
ソルさん、貴方にはもしかしたら物凄く辛い内容になるかもしれません…
何か貴方に対して償いが出来たら良いのですが、出来れば…私の命だけは事が全て終えるまでは見逃して頂きたいんです…!
私こそが…この大量のギア達を止める鍵そのものだから…!」

「どうゆう事だ!?貴様が、ギアを止める鍵だと!?」

ソルさんではなく、ポチョムキンさんが私の言葉に反応して質問をしてくる。

「ハイそうです。お二人共とっくに気付いてらっしゃると思いますが、私は人間ではありません。でも、正しくはギアでもないんです。
…私は…通称『第一の男』に創作された、遺伝子の一部にギア細胞を持つ生命体。

私が居た世界では、ヴァレンタインシリーズと呼ばれていました。
私は、そのヴァレンタインシリーズのマスプロダクションタイプの最終形態です。」

「ヴァレンタインシリーズ…
それはどんな役割を担って、『第一の男』が創作したのだ?」

「ハイ…、ここからは語ると長くなります。かなり時間が取られますが…大丈夫でしょうか?」

「貴様の存在が、ギアを止める鍵ならば、目的もはっきりさせておく必要性がある。」

「わかりました。…宜しくお願いします…」






◇◇◇◇◇







「団長…、大丈夫か?」

「大丈夫もクソもあるか、一気にグロッキーってのはこの事かよ…」

「団長には申し訳ないが、我が軍はあの少女を確保し守る義務がある。
団長の身の上話を聞いてしまった罪は、一生墓場まで持っていくつもりだ。安心しろ。」

「…っ、あの小娘(ガキ)、本当に何も取り繕わなく、全て洗いざらい話しやがった…。余計な事までな…」

「それにしても…この世界が…滅びゆく世界とはな…」

「そんなもん、この戦線がこじれ撒くってた時から予測はつくだろうが…
希望なんぞ…とっくに経たれてた。
『第一の男』が何考えてんのかはわからんが、要はこの世界が、他の平和な世界線を脅かしやがるから、

あの小娘(ガキ)をコッチによこしたっつう訳だろうが…。」

「それでは彼女はいわば贄の様に!?」

「……そんな風にテメェ見えるか?寧ろ率先して来ただろ、アレは…」

「いや確かに…団長を見て喜んでいる様に見えた。」

「…テメェ…いいから黙ってろ。その事を他の奴等に言うんじゃねぇ…
クソ…俺は少し休む。…あとは任せた。」

「了解した。」








『私は西暦2188年、この世界ではない別の世界線の未来から来ました。
目的は、此方の世界のジャスティスとの融合、それによりジャスティスを無害化し、その娘であるディズィーさんの暴走を阻止する事。
そうすればこの世界線でのギアの脅威は減り、ソルさん、貴方もこの世界線で命を落とす事はなくなります。』

『ジャスティスとの融合、だと!?』

『私はジャスティスの遺伝子情報を元に創作されました。
ジャスティスの元々の素体は、貴方が愛した女性…アリアさん。
通称『あの男』…“飛鳥=クロイツ”さんが、アリアさんの延命と長期の遺伝子のバックアップの為に、

アリアさんを後々完全復元させる為にジャスティスを創作。
私の生みの親である『第一の男』は…飛鳥さんの師でもありながら、未来では飛鳥さんと対立していた…。
私の『親』は未来にて人類に絶望し…私達ヴァレンタインシリーズをジャスティスのバックアップデータを元に創作、

“私達”を使い世界を滅ぼそうしましたが、未来のソル=バッドガイさんによってそれらの計画は阻止され、世界は救われました。
飛鳥さんが生み出した元々のアリアさんの魂である素体ユニット“ジャック・オー”さんがジャスティスと融合、

無事アリアさんを取り戻し、その後ソルさんは自ら“ソル=バッドガイ”と名乗る事を止めました。
その事件の少し時間が経過した後にて、この世界とあちらの世界とが、とあるイレギュラーによって交わり、

その影響を止める為に私は望んで此処に来たんです。』

『“第一の男”は、何の目的でテメェを創った?』

『“お父さ”…いえ、“あの人”は、ジャスティスのバックアップデータの一部をコピーし、ジャスティスと融合する鍵の機能を把握、

ジャック・オーさんの鍵の部分を特化した、ヴァレンタインシリーズの最終形態である私を創作しました。
“あの人”の目的は、絶対確定世界の創立。
ジャスティスと私が融合すれば、現在の人類の遺伝子情報と異なる新たな生命体が生まれる様に設定し、

そのイレギュラーのデータの書き換えにて現人類が滅び、

私という新たな生命体を人類として新しく据えて世界を産まれ変わらせようとしたんです。
結果的に、私がジャスティスと融合する事は無くあちらの世界は救われましたが…』

『…成る程な…この世界なら、新しく生まれ変わらせた方が遥かにマシって魂胆か。人類なんぞほぼ滅んでやがる…。』

『いえ…”あの人”の話では、此方のジャスティスは、ソルさん、貴方の攻撃にて半分大破してるとの事で、

此方の世界線での絶対確定世界が発生するのは極一部だけだと聞いてます。だから、今残ってる数少ない人類は辛うじて生き残ると…』

『…寧ろそれを狙って今のこのタイミングでテメェを遣わした。
そんな風にも取れるがな…』

まるで何かを吐き捨てるかのように呟いたソルさんに、私は俯き、『“あの人”なら…その可能性は高いです…』と私も言葉を濁した。

『私の話…信じてくださるんですか?』

『…気に食わねぇのは山々だが…、今現在、俺にしか知り得ない情報を出してきやがるテメェに、信じるもクソもあるかよ…。
ただ…全て“野郎共の掌の上”だってのが…気に食わねぇだけだ。』





◇◇◇◇◇




改めて自室にて、先程取調室であの小娘(ガキ)が語った内容を振り返る…

思い出したくも無い記憶が一気に脳内に駆け上がり思わず激しく吐き気がする。

頭痛が激しく、耳鳴りが止む事がなく思わず床に座り込む。

部屋のドアのノックが二度鳴り、入りますね?と
先程の声とともに扉は開かれた。


「そ、ソルさんっ!?大丈夫ですかっ!?ソルさんっ!?」







◇◇◇◇◇







『フレデリック、そんな所で何やってるの?休日にまたお仕事?久しぶりのバカンスで、折角二人で海に来たのに…』

『俺がお前との折角のバカンスに仕事をやらなきゃならない理由はだ、

…誰彼構わず面倒事をやたら引き受けて溜め込む飛鳥のせいだ。文句ならアイツに言え。ったく…どうもアイツは容量が悪い。』

『うん、それはいえてる。…飛鳥くんお人好しだもの。人からの頼み断れないのよ。』

『しかもだ、よりによって俺が側に居ない時に限って仕事をドンドン増やしやがる。』

『そうね…フレデリック、貴方ちょっと眼光怖いもの。
本当、飛鳥くんには貴方が側に居ないと駄目だし、そんな貴方には私が常に側に居ないと。』

『アリア…お前は兎も角、このままアイツとも一緒かよ。』

『そんな憎まれ口叩いたってダメ!本当は嬉しいんだって解ってるんだからね?』

『………まぁな。』






◇◇◇◇◇






「ソルさんっ!?ソルさん…ッ!!!」

やたら甲高く泣き叫び、俺の“セカンドネーム”を幾度も呼ぶ女の頬を無意識に撫で擦る。溢れた涙が指を伝った。

「テメェの、その瞳…
南国の海の…水面の色……“アイツ”と一緒の…」

「…それは…アリアさん…ですね…?」

そう呟き、俺が思わず奴の頬に触れた手の甲に掌を乗せて
穏やかに笑う女の顔を尚更深く見つめてしまう。

その表情もどこかしら…アイツに…

「クソ…やめろ…ッ、…テメェは一体ナニモンだ…!
俺の深淵に踏み込むんじゃねぇ……ッ…」

そう辛うじて発した言葉に、目の前の女は「私の存在で貴方を苦しめてごめんなさい…。でも…」と呟く。

「私は…目的以外に、ただ純粋に貴方に逢いたかったんです…
貴方に拒否されても、否定されても…私はずっと貴方の側にこれからも居たいんです…」

「…俺は、“未来の野郎の代用品”って訳かよ…」

「え!?」

「テメェのその物言いや言動全て、その野郎を手に入れられなかった未練たらしさでまみれてやがる。
で?…テメェはこの世界の可哀想な俺を助け、自己満足を押し付け、あわよくば俺を手に入れて満足するって魂胆かよ。

コイツはとんだ阿婆擦れだぜ。」

「そ、そんなつもりは…っ!?」

「そんなつもりは無かった。まあ、そう言うのは簡単だがな…
そんな後出しみたいな言葉で、テメェの魂胆の穢れっつうのは根本から消えて無くなる訳がねえ。」

「な、何が言いたいんですか…?」

「ポチョムキン、ヤツはテメェを保護し、テメェの目的の補佐すると宣ってたが…
俺がテメェを胡散臭えと一言言えば、此処から追い出す事なんぞ安易な事だ。
…それに先も無い滅びゆく世界だと誰かさんのせいで知っちまったからな。
そんな世界なんぞさっさと無視して俺が聖騎士団から消えるっつう事は考えなかったのか?…とんだお人好しかよ。」

「いいえ。貴方はそんな事しません。だって貴方には…守らなくちゃならない言葉があるから。
今の貴方を支えてる…大事な…大事な!カイさんからの…!!!」

「…それ以上は黙れ…ッ、燃やされてぇのか……!」

「私を燃やせば、それこそ、この世界は終わります…。
悲しいですけど…ソルさん、貴方がそれを望むのなら…私は…全て受け入れます。
貴方の言う通り…私は…私の生まれた世界で、初めて大好きになった人に愛してもらえませんでした…。
それはとても悲しくて寂しくて…その事を直視するのが余りにも辛くて…。

この世界と貴方の事を知って、私はまるで藁をも縋るように此方の世界に来てしまいました。此方の世界を救うとか、

あちらの世界を救うとか、そんなのっ、只の口実でしかない…!
貴方に逢いたくて…ただ貴方だけに逢いたくて…ッ!
あわよくば…!私だけを見つめて欲しい…!
私だけを愛して…欲しい……………!

そうでずよ゛ッ!!全部貴方の言うどお゛りですよ゛っ!!!
わだしっ…卑怯な女なんでずよ゛ぉっ…!!!
だって…!だっでぇっ…!!!
ジャック・オーさんを見つめる…ソルさんのあんな表情みぢゃっだら゛ッ………そんなの゛…なに゛も゛いえ゛な゛ぐなるじゃないですがぁあ゛ッ…………!!!
わだじッ…“フレデリック”さんなんて知りませんも゛んッ…!!!
私が初めて出逢って好きになったのは…ッ、今も愛じでる゛のは…っ!
“ソル=バッドガイ”さん…“貴方だけ”ですもん゛ー!!!」

目の前でひたすらに子供の癇癪の様に泣きじゃくる女の表情を視界に入れ、

思わず反射的に自身の懐に入れ抱き締めてしまっていた…。

…クソ…ッ…。自身でも良く判らない感情に苛まれ、自ら懐に閉じ込めた女の背中を落ち着かせる為に撫で擦った。
目の前の女が易々と己の心の何かを書き換えていく。
アリアを喪った後悔を、飛鳥…奴に裏切られ復讐だけを望んで枯れていた自身の心根が…少しずつ緩み、

そして何か新たな感情に気付き、思わず眉間に皺を寄せた。

…テメェこそ、この俺に縋りながら、“未来の野郎”ばかり見てやがる…
俺が知ったのは、“エルフェルト”っつう、世界線を飛び越えてまでわざわざ俺に会いに来やがった途端、

俺を好きだ、愛してるなんぞと宣い、俺の未来の姿っつう俺の知らねぇ野郎に未練タラタラな女だけだ。
アリアの生まれ変わりなのか何なのかは判らねぇが、俺は“ジャック・オー”という女は知らねぇし、これから知る余地も無い。

グスグスと泣きじゃくる女の背中を、頭を撫で擦れば、微かに漂ってくる香りに、余計に何かを思い出し溜息を付いた。

それこそ…テメェも…アリアの…

先程見つめた瞳の色も…
身体から纏って香る匂いも……

その理不尽な感情の入れ代わりも…
その泣き顔も、笑顔も………

泣き疲れて、すやすやと寝入ってしまったその表情すらも、かつての懐かしい安寧の日々を安易に思い出され、

思わず舌打ちをしてしまう。


「クソ……、ったく、これが最悪の日ってやつか……。」

一人、シップ内で充てがわれた自身の部屋にて独り言ちた。

 

bottom of page